4月2日の発表以来、世界経済に大混乱を引き起こし続けているトランプ大統領の「相互関税」。一律10%の関税に加えて各国に異なる税率を上乗せするとのことですが、その計算式はあまりにお粗末なようです。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、国内専門紙掲載の図を引きつつ、トランプ氏の「関税主張」はまったくのフェイクでしかないと断言。さらに24%の追加関税を課されることになる日本が、今後トランプ政権に対して取るべき姿勢を記しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:ようやく明らかになったトランプの関税計算法のデタラメ
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
また露呈した合衆国大統領の無知ぶり。ようやく明らかになったトランプの関税計算法のデタラメ
トランプ米大統領が4月2日、日本を含む各国別の関税率・相互関税率を発表したが、その計算根拠は実はほとんどデタラメに過ぎないことが明らかになった。
発端となったのは米経済学の大御所=ポール・クルーグマンで、同日、トランプの記者会見より前に自身のニュースレターで「狂気の中に秩序を探すのは止めよ」と題して、トランプの関税策を「完全に狂っている」と批判、この政権が「イエスマン」ばかりで固められている危うさを指摘した。
ひと目でわかるトランプ関税のフェイク
それに呼応したのかどうか、ちょっと時間的な前後関係は分からないが、米ジャーナリストのジェームズ・スロウィッキーがXへの投稿で「このフェイク関税率の出どころがわかった。米国が各国に抱える貿易赤字を、その国の対米輸出額で割っただけだで、非関税障壁も加味したという政権の言い分は嘘だ」と指摘した。
これは図星で、慌てたホワイトハウスは広報官のXを通じて、米通商代表部(USTR)が公表した計算式を示して(図1)「我々はちゃんと関税と非関税障壁を計算した」と抗弁したが、4月5日付「朝日新聞」が分かりやすく解説したように、もっともらしくギリシャ文字まで使った数式は、結局、米国の某国に対する貿易赤字を某国からの輸入額で割っただけのものだった(図2)。
そう言われただけでは実感が湧かない。5日の段階で最も優れた新聞記事は、「日本農業新聞」1~3面の佐野太一署名の記事で、日本はじめ主要8カ国のその数字を一覧表にしている。これを見れば、トランプの機関銃乱射のような関税主張が全くの「フェイク」であり「支離滅裂」であり「狂っている」ことがよく分かる。(図3)
この記事の著者・高野孟さんのメルマガ
トランプの命取りになりかねないフェイク関税策
トランプの無知をいいことにこのような幼稚なトリックに引き摺り込んでいる側近の筆頭は、ピーター・ナヴァロ=大統領上級顧問(貿易・製造業担当)だろう。
4月6日付CNN電子版によると、イーロン・マスクは5日の自身のXで「一連の関税政策を推進してきたナヴァロ上級顧問を痛烈に批判し……最終的には欧州も米国もゼロ関税状態へ移行することが理想で、欧州と北米の間に事実上の自由貿易圏を創設すべきだ」と述べている。
それは当たり前で、そうでなくともマスクが無資格のままホワイトハウス入りしてやりたい放題にしているのを嫌悪して、米欧の環境問題にも敏感でテスラを支持していたリベラルなインテリ層が一斉にテスラ離れを起こしたため、同社の売上が急減している。この上、米欧間で関税戦争が激化すればそれがさらに助長されるのは確実で、マスクにとっては死活的な事態である。
ナヴァロは、ハーバード大学で公共経済学の博士号を得、後にカリフォルニア大学で教鞭をとったが、少なくとも2000年代に入って以降、まともな経済学の著作・論文は皆無で、日本でも翻訳された『米中もし戦わば』(文藝春秋、2019年刊)など、極端な中国脅威論の扇動家として知られている。
第1次トランプ政権では政策顧問に就いたが、他の閣僚などと摩擦を起こすばかりで特に業績をあげていない。2020年の大統領選では、対抗馬のバイデンを中国に買収されたスパイであるかに言い募って議会侮辱罪で起訴され、4カ月間服役した。
本誌は、第1期トランプ政権中からナヴァロのようなゴロツキをホワイトハウスに入れるべきでないと主張してきたが、トランプは第2期でも懲りずに彼を登用した。このような人物に頼ってフェイク関税策を派手に打ち上げてしまったことで、トランプの政治生命が縮まることにもなりかねない。
日本が取るべき「トランプの自滅を見守る」という対応
そういう訳で、先週号で述べたように、このトランプ関税攻撃にオロオロして、急いでお目こぼしを願い出るのは下の下の策である。しばらくは放っておいて、米国内のエコノミストやジャーナリストの間で沸き起こりつつある「トランプは馬鹿じゃないか」という声の広がりと、それに伴って、マスクとナヴァロの喧嘩など政権中枢で出始める亀裂の深さをゆっくりと観察していればいいのいではないか。
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経済の初歩的理解の問題としては、先週号で日経の人気コラム「大機小機」を引用した中で、短く触れていた「貿易赤字は損失という思い込み」についてトランプによく言い聞かせてやることが必要だろう。
米国の貿易赤字は単なる損失なのではなくて、それだけの膨大な輸入があって旺盛な国内需要が満たされ米国GDP2%が維持されているのであり、それを輸入に頼っているのは同じものを国内で製造するより合理的だからであり、しかもその赤字分は輸入相手国にとっては黒字で、それも単に「収奪」されているのではなくてやがて対米金融投資となって巡ってきて、国際収支全体としてバランスが取れるということがあるわけで、貿易収支の加減乗除だけで物事を測る訳には行かない。
しかしまあ、こんなデタラメがいつまで続くのか。私は今年後半から来年にかけてその馬鹿馬鹿しさがさすがの米国人にも知れ渡り、26年秋の中間選挙で1つの結論が出るのではないかと予測している。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2025年4月7日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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