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テープの劣化を免れた幸運なシティポップ 滝沢洋一「かぎりなき夏 1982 Mix」発見の“奇跡”

2024年12月25日のクリスマス、ある一枚のシングルレコードがひっそりと発売されました。A面には、2006年に56歳の若さで亡くなった幻のシンガーソングライターで作曲家・滝沢洋一が歌う『かぎりなき夏』という曲を、世界的シティポップブームの先駆者である米国シカゴのDJヴァン・ポーガムがRemixしたヴァージョンを収録。そして、B面には滝沢の自宅から偶然発見されたオープンリールテープに収録されていた“幻の音源”である『かぎりなき夏 1982 Mix』が収められています。一枚のシングル盤に収録された2曲の「かぎりなき夏」には、それぞれ奇跡的な物語が存在していました。知られざるシティポップの名曲「かぎりなき夏」、そのシングル盤収録の2曲にまつわる「秘話」をご紹介します。

海を超えた西城秀樹と滝沢洋一の「かぎりなき夏」

昨今シティポップの名盤として再評価されている、1984年に発売された西城秀樹さんのアルバム『GENTLE・A MAN』(RCA)。このアルバムのB面2曲目に収録されている一曲が、シティポップのアーティストとして再評価されている滝沢洋一さんが作曲した「かぎりなき夏」です。

1982年に発売直前でお蔵入りとなった滝沢洋一さん“幻の2ndアルバム”『BOYに収録予定だったこの曲は、アルバムがお蔵入りになったことで、滝沢さんがRCAの旧知のディレクター・岡村右(おかむら・たすく)さんに持ち込み、西城秀樹さんへ提供されることになりました。

この曲が、滝沢さんのバックバンドマジカル・シティー」のメンバーだった新川博さん、青山純さん、伊藤広規さんによって演奏されたものであることを3年にわたる取材でつきとめた私は、この曲に魅せられた米国に住む一人の男性を発見しました。

米シカゴ在住のDJ、ヴァン・ポーガム(Van Paugam)。

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彼は、すでに2016年からYouTube上のチャンネルに日本の70年代-80年代のシティポップ一本の曲に繋いだミックスを複数アップしていました。登録者は9万人を優に超え、数百万を超える視聴数の動画もありました。

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Internet archive上に残っていたヴァン・ポーガムのYouTubeチャンネル(2019年にアカウント削除)

しかし、当時のYouTubeの規約に違反しているとして2019年にはアカウントをBANされ、彼が果たした「YouTubeを使って世界中に日本のシティポップを広めたという偉大な功績は日本人に知られることもなく、海外のネットユーザーでも彼の名前を思い出す者はほとんどいなくなっていました。

今でも「Mixcloud」上で、ヴァンさんのシティポップミックスを聴くことができますが、今では世界中で定番となっているシティポップを誰もよりも早く紹介していたことが分かります。

私は、この事実を彼の書いたブログと、海外の音楽サイトに掲載された彼の紹介記事によって知ることができました。

そんなヴァンさんが、西城秀樹さんの『GENTLE・A MAN』というアルバムと出会い、その中に収録された「かぎりなき夏」の魅力を発見し、自身のHP上で特設ページまで作って紹介していた事実に辿り着いた私は、彼にアポを取ってメールインタビューを試みました。

ヴァン・ポーガム公式サイト「かぎりなき夏 Kagirinaki Natsu」特設ページ

少し長いのですが、2023年におこなったインタビューをここに再録します。

世界的シティポップブームの“火付け役” DJヴァン・ポーガム氏インタビュー(2023年収録)

— この度は、お忙しい中、メールインタビューをお受けいただき感謝申し上げます。私は、あなたが西城秀樹の歌う「かぎりなき夏」(1984)という曲の大ファンであることを知りました。この曲を知ったきっかけは何だったのでしょうか?

ヴァン:数年前、秀樹の音楽を調べていた時に初めて聴きました。そのときから、彼の曲の中で最も好きな曲のひとつになり、彼の代表作としてよくクレジットしています。

—「かぎりなき夏」が好きな理由を教えて下さい。この曲のどんなところが好きですか?

ヴァン:「感性に訴えかけてくるような美しさ」で構築されている音楽、ということ以外に言いようがありません。

一曲の中に様々なモードがあり、聴き手の期待を膨らませながら激しい「サビ」が押し寄せてくる。秀樹の声は、この曲にぴったりで、メロディーとシンクロした歌詞の表現世界が見事な効果を上げていると思います。

また、この曲の主題も非常に美しく、それでいて哀愁味を帯びている。

シンプルに言って「完璧な曲」だと思います。

 —何故、あなたは日本のシティ・ポップという音楽ジャンルが存在することを知ることが出来たのですか?

ヴァン:正直なところ、リミックスに使われている断片的な音源を除けば、こんな音楽ジャンルが存在しているということを知らなかったんです。よくわからないまま、このジャンルのアルバムに自然に惹かれていたのです。

2011年に木村ユタカ編著『Japanese City Pop Disc Collection』という本を注文して初めて、これらのアルバムの多くが何らかの形でつながっている、共通しているということを知ったんです。知らず知らずのうちに、その本に従うかのように音楽をアーカイヴしていたのですが、そのことが「シティ・ポップに関する仕事を続けるべきだ」と思うようになったキッカケです。

—2016年にアップロードされた、ヴァンさんのシティ・ポップmixを聴きました。あなたは、世界で最も早く「シティ・ポップを発見した」人物だと私は思っています。ではなぜ、あなたのYouTubeチャンネルは閉鎖され、日本人にあなたの名前が知られていないのでしょうか?

ヴァン:残念ながら、mixをホストしていたYouTubeチャンネルが閉鎖された時点で、私は世界の多くの人々から忘れ去られてしまいました。日本の音楽関係の団体が、チャンネルを削除するよう要請したためです。私は、合法的な方法で音楽を広めることに協力したいと嘆願していましたが、彼らはそれを拒否しました。

今世界中で賞賛されているシティ・ポップを広めるために働いてきた私の長年の努力が、一瞬にして奪われてしまったのです。この素晴らしい音楽を世界中に広めようとしただけなのに、なぜこのような屈辱を受けなければならないのだろうかと、私はとても悲しくなりました。

そして、私がmixしていた曲の多くは、その後YouTube上にてライセンスが表記されてアップ出来るようになったため、私のチャンネルは「無意味な犠牲者」となってしまったのです。他のチャンネルのシティ・ポップmixは、現在もYouTubeで聴くことができるのに、なぜ私のmixだけが削除されなければならなかったのか、理解できませんでした。私にはチャンスが与えられなかったのです。

—世界的シティ・ポップブームの先駆者であるあなたの名前を、私はもっと多くの日本人に広めたいと思っています。シティ・ポップという音楽を発見した時のこと、どれほどシティ・ポップという音楽が好きなのかを詳しく教えて下さい。

ヴァン:アメリカへの移民二世である私はフロリダ州マイアミ生まれですが、アメリカ文化とのつながりを感じたことはありません。日本文化に憧れていた私は、何年もかけて日本文化への愛を開花させました。私は、自分のいるアメリカという場所になじめず、人生の目的は何だろうと何度も考えました。

ところが、シティ・ポップに出会ったとき、自分の存在意義を見つけたような気がしました。多くの人が忘れてしまった音楽を広めることで、自分も含め、多くの人に幸せをもたらすことが出来たからです。私は「自分の中で眠っていた何か」と再びつながる方法を見つけたのです。

シティ・ポップは、自分自身、欧米、そして日本について新たな理解に目覚めるための良いツールとなりました。多くの日本人がこれらの音楽を忘れてしまっていたという事実は、私にとって信じられないことであり、これらの曲を初めてmixにまとめたことで「ニューフロンティア」のように感じたのです。私は、自分の精神が命じるままに行動していたのだと思います。

私がシティ・ポップのmixをアップロードした数年後、アメリカのレコード会社が、私のmixした曲の多くをシティ・ポップのコンピ盤に使用しましたが、西側でこれらの音楽が再発見されるキッカケを作った私の仕事は、一切クレジットされないままでした。

自分のチャンネルが削除されたとき、私は裏切られたような気がしました。「もし私が日本人だったら、もっと受け入れてもらえたかもしれない」とも思ったのです。今でも、この話題について話すのはとても苦痛に感じるので、あまり考えないようにしています。

今は自分のYouTubeチャンネルを持たずとも、ライブイベントなどで音楽をかけ、皆さんに楽しんでいただいています。音楽は今でも、哀愁を漂わせながらも幸福感をもたらしてくれます。そんな魔法を与えてくれるものとして、私は音楽をずっと愛しています。

シティ・ポップは、世界中の人々を結びつける力を持つものであり、新しい世代の心の中に放たれた今、二度と忘れられることはないでしょう。

—最後に。最近、作曲者の滝沢洋一が歌う西城秀樹「かぎりなき夏」のオリジナルバージョン(1982)が存在することが分かりました。もしその音源が見つかったときは、聴いてみたいと思いますか?

ヴァン:もちろんです! 機会があれば喜んでリエディットしたいです。

—これらの質問に対するあなたの回答は、日本のアルファミュージックのオフィシャルnoteで公開されます。お忙しい中ご回答いただきありがとうございました。

ヴァン:ノープロブレムです。この度はありがとうございました。

【初出】海を超えた西城秀樹と滝沢洋一の「かぎりなき夏」。シティ・ポップを世界に広めた立役者、DJ ヴァン・ポーガムが語る普遍性(ALFA MUSIC公式note)

このインタビュー後も、私たちは約2年もの間メッセンジャーなどを通じて連絡を取り合い、1982年に悲劇のお蔵入りとなっていた滝沢さんの“幻の2nd”『BOY』がマルチマスターテープから新たにミックス作業をおこなうことで発売できることになった2024年、正式に滝沢版「かぎりなき夏」のRemixをヴァンさんに依頼しました。

マルチテープの音源をヴァンさんへ渡すことができることになったことで、Remix作業が可能になったのです。

彼は、自身が出会った音楽のルーツを辿る“旅”に出るなどして苦悩した挙句、約2年の時を経て楽曲を完成させました。その音源はお蔵入りから42年越しで2024年12月18日に発売された滝沢洋一さんの『BOY』CD版にボーナス・トラックとして収録されたほか、同12月25日にはアナログシングルレコードとしてワーナーミュージック・ジャパンより発売されました。

販売元は、本記事を掲載しているニュースサイト「MAG2 NEWS」の運営元である「株式会社まぐまぐ」で、BASEに販売用の特設ページも開設されました。

滝沢洋一『かぎりなき夏』Van Paugam 2024 Remix アナログシングルレコード

シングル盤のジャケットには、山下達郎『FOR YOU』などのシティポップ系アルバムでお馴染みのイラストレーター・鈴木英人さんのイラスト「終わりなき夏と」を採用することになりました。

鈴木英人「終わりなき夏と」

なぜなら、ヴァンさんこそがシティポップ再発見の最大の功労者であり、滝沢さんもシティポップという音楽に大きく貢献した人物であり、そのブームを象徴する鈴木英人さんのイラストこそが最もふさわしいと考えたからです。

このシングル盤のB面に収録することになったのが、滝沢洋一「かぎりなき夏 1982 Mix」です。この音源は、数々の偶然が重なることによって発見されました。それがキッカケで今回、このシングルに収録することが奇跡的に叶った幻の一曲だったのです。そのエピソードを初公開いたします。

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運良くテープの劣化を免れた“奇跡のシティポップ”

2021年4月20日、私は世界で初めて、シティポップに偉大な功績を残したシンガーソングライターで作曲家の滝沢洋一さんの音楽活動と生涯について取材・紹介した記事を公開いたしました。

【関連】シティ・ポップの空を翔ける“一羽の鳥” 〜作曲家・滝沢洋一が北野武らに遺した名曲と音楽活動の全貌を家族やミュージシャン仲間たちが証言。その知られざる生い立ちと偉大な功績の数々

この記事を公開したあと、1982年にお蔵入りされ発売延期のままになってしまった滝沢洋一さんの“幻の2ndアルバム”『BOY』の音源を捜索するために関係者への取材を続けていた私は、当時のディレクターやライブ居酒屋店主のご協力を経て『BOY』の録音を担当したワーナー・パイオニア(当時)の元ハウスエンジニア石崎信郎さんと連絡を取ることができました。

石崎さんとの電話で「滝沢さんに『BOY』の音源をコピーしたオープンリールテープを渡した記憶がある」という証言を得た私は、滝沢さんのご遺族に「ご自宅に滝沢さんが保存しているオープンリールテープがないか探してもらえますか?」と依頼しました。

そして、滝沢さんの奥様より「見つかりました。長い間、引っ越しの段ボールに入ったままになっていました」とのご報告を受けて、そのテープを受け取ることになったのです。

発見されたテープの一部

しかし、ここで発見された『BOY』のテープは劣化が激しく使い物にならず、代わりに同じ段ボールから発見された「マジカル・シティー」との演奏を記録した別のテープから、滝沢さんやバンド仲間たちの知られざる歴史や音源の存在が判明したのです。

ここまでのエピソードは他の記事にも書かせていただきましたが、問題はここからです。

【関連】42年間も封印された“幻のシティポップ”。滝沢洋一2ndアルバム『BOY』悲願の初リリースと名曲「かぎりなき夏」をめぐる奇跡の物語

滝沢さんの奥様から受け取り、ワーナーミュージック・ジャパン・ワーナー・ハイブリッド・ストラテジック邦楽部門の小澤芳一さんに手渡した、滝沢邸から発見された『BOY』と書かれているテープは複数本あったのです。

これらのテープは40年の時を経ていたため劣化が激しく、アルバム丸ごとCD化のマスターとして使用できるものはありませんでした。

しかし、この中の一本に「かぎりなき夏」の一曲だけ劣化を免れたテープが存在していたのです。

つまり、これをマスターにすれば録音された1982年当時のミックスのままの音を発表することができるというわけです。しかし、劣化を免れているとはいえ、やはりヒスノイズなどがわずかに入っているため、これはCDへの収録ができないレベルの音源でした。

CDには使用できませんがアナログ盤であれば発売できますよ」という小澤さんからのメッセージを受けた私は、ヴァンさんのRemix盤アナログシングルレコードのB面に収録する音源を、この“幻の1982年Mixに決定しました。

2024年に新たなMixとして発表された音には無い「波のSE」が入ったこのヴァージョンこそが、本来であればオリジナルのヴァージョンなのですが、マルチマスターにはこの「波のSE」が保存されておらず、2024年版のMixにはCD版でもアナログアルバム版でも波の音を再現することができなかったのです。

しかし、この“幻の1982年Mix”であれば、波のSEを含む、すべて1982年当時のままのMixをシティポップファンに聴いてもらうことができるのです。

この音源は現在、SpotifyやApple Musicをはじめ各種音楽サブスクリプションで聴くことが可能です。ただし、フィジカルとしては、2024年12月25日に発売されたアナログシングル盤『かぎりなき夏 Van Paugam 2024 Remix』を手に入れない限り聴くことはできないのです。

ぜひ、この機会にアナログ盤の温かみある音で、1982年当時のオリジナルの音に触れていただきたいと思います。

滝沢洋一『かぎりなき夏 1982 Mix』。

それは、世界的シティポップブームの“火付け役”となったヴァンさん本人が、シティポップの文脈で再評価されることになった滝沢洋一さん作曲の「かぎりなき夏」という曲に西城秀樹さんを介して出会い、そのRemixアナログ盤の発売が決定したことで発表できたという、まさに奇跡の連続が発表の実現を可能にした音源でした。

2024年末に42年の時を経て蘇った滝沢版「かぎりなき夏」は今年、“初めての夏”を迎えることになります。

西城秀樹、滝沢洋一、そしてヴァン・ポーガム。バトンが繋がった幸運なマスターピースにとって、これから「永遠の夏」が始まります。(了)

MAG2 NET SHOP『かぎりなき夏』アナログシングル盤BASE特設ページ

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Special thanks to: 滝沢佳子、Van Paugam、小澤芳一、鈴木英人事務所 / 有限会社鈴木エイジン本舗(順不同、敬称略)

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