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国際社会を掌の上で踊らせる独裁者プーチン。トランプを手玉に取り欧州と駆け引きしつつ中国をもしっかりと繋ぎとめる狡猾さ

米テレビ局のインタビューで、プーチン大統領に対して「むかついた」と語ったトランプ大統領。遅々として進まない停戦交渉に対する焦りが見て取れる発言ですが、ロシアサイドが停戦に対する姿勢を変える可能性は極めて低いようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、ロシアが取り続けている「国際社会を手玉に取る策略」を詳しく解説。さらにプーチン氏の目論見を考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:停戦は夢物語なのか?大国の自己中心的な思惑に振り回される国際社会と市民の生存

プーチンは動かない。停戦を焦るトランプにボールを預け返事待ちを決め込む独裁者の夢

イスラエルが中東地域において事を構えることになった場合、トルコはアラブ諸国と共に反イスラエルになり、イランを巻き込み…となると思われますが、恐らく直接的に戦争に加わることはないと思われます。ただしクルド人問題が絡む場合は別の話ですが。

それよりは、今、ロシアとウクライナ双方とのパイプがあり、プーチン大統領ともゼレンスキー大統領ともそれなりに話が出来るという特殊な立場を活かして、アメリカに恩を売ることに優先順位を置くかと思います。

もちろん、イスラエルを助けるのであれば、トランプ大統領に大きな貸しを作ることはできるでしょうが、エルドアン大統領には本人の政治信条上、それはしないと考えますので、イスラエルフロントではアメリカと事を構えずにやり過ごし、ロシア・ウクライナ戦争の停戦に向けての側方支援を、対米カードに用いるのではないかと見ています。

ただトルコの特別な立場を仮に有用に活かしたとしても、トランプ大統領が公言通りに、ロシア・ウクライナ間の停戦を成し遂げることは限りなく難しいと思われます。

その理由は【ロシア・プーチン大統領は現在、ロシアが戦争を有利に進めており、国内の経済状況・景気もさほど悪くないとの認識があるため、停戦を急ぐモチベーションがない】ことがあります。

それゆえにプーチン大統領としては【停戦を欲しているのはトランプ大統領であり、どうしても停戦を成し遂げたいなら、私の条件を呑まないといけない】という交渉を仕掛け、ボールをトランプ大統領側に投げて、あとはただ返答を待つという心理テクニックを用いて、心理的に有利な立場を維持できています。

トランプ大統領は停戦交渉が遅々として進まないことにさすがに苛立ちを感じ、プーチン大統領に対して関税カードをチラつかせてトランプ案を受け入れるように迫ってみるものの、ロシアとしては、前述の通り、特に困っていないだけでなく、アメリカがアメリカ国内の原子力発電の稼働を続けるにあたって必要となるウランをロシアからの輸入に頼っていて、それを切られると国内94の原子炉が停止するという現実があるため、プーチン大統領としては「関税措置を発動したいならやればいいだろう。困るのはアメリカなのだから」とでも考えてさほど脅威を感じないということもあります。

すでに経済制裁を発動されて3年以上が経つ中、制裁逃れのルートは出来上がり、中国のみならず、ブラジルや南ア、インドといったBRICS諸国との連携も強まっていますので、今更アメリカが関税を発動しても、さほど効かないということもあります。

つまり、トランプ政権としては対ロでは手詰まりと言え、無理難題と思われるウィッシュリストをアメリカに突き付け、あとはアメリカが一方的に条件を下げ、ロシアの条件を受け入れるのをのんびり待てばいいという状況が成立することになります。

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本格的には停戦に動くことがないロシアの本音

トランプ大統領の苛立ちの理由に、ウクライナが資源協定に消極的で、近日中に合意に至る見込みがないことが挙げられますが(まあ、ウクライナとしては、喉から手が出るほど欲しい安全保障の確約が与えられないのに、一方的に妥協する必要はないと考えて当然です)、資源国であるロシアは、レアアースのみならず、原油や天然ガスといった資源に関するディールをアメリカに提供する可能性をチラつかせて、ロシアが望む制裁の解除やSWIFTへの接続再開、ノルドストリームの再開などを、トランプ大統領に、まるでロシアのエージェントであるかのように欧州に働きかけさせる状況を作り出そうとしています。

ただし、例え合意などなくとも、ロシアとしてはまだ困っておらず、制裁の解除の可否についてはどちらでもいいというのが本音でしょうから、ロシアは本格的に停戦には動かないものと考えます。

欧州ではフランスのマクロン大統領が音頭を取り、ロシアがレッドラインに設定する“ウクライナへの欧州軍の派遣と駐留”を、英仏を核として進めようとしており、ウクライナのシビハ外相もフランス・モンペリエでの会合に参加し、規模や必要とする装備、人員、そして駐留場所について協議しているようですが、欧州内でもイタリアは反対していますし、スペインやポルトガルといった南欧諸国のみならず、欧州の核と考えられるドイツも、政権が変わっても欧州軍構想には乗り気ではないため、恐らくまた“動けない欧州の気前の良い空約束”となりかねないと考えます。

そしてすでに戦後のロシアとの適切な距離感の確保に関心が移っている欧州諸国としては、直接的な脅威に晒され、対人地雷禁止条約からの脱退を行ったか、その方向を決めたバルト三国やポーランド、フィンランド(そして恐らくスウェーデン)という例外を除き、露骨なウクライナへの肩入れは、国内の厭戦機運とも相まって、言っているほどのレベルでは行わないというのが、私の個人的な感触です。

結局のところ、プーチン大統領は掌の上でトランプ大統領はもちろん、国際社会全体を躍らせ、可能な限りロシアに有利な状況を作り出すことに成功し始めているように見えます。

ウクライナの奇襲を受けたロシアのクルスク州の住民という例外を除き、ロシア国民は現時点ではウクライナ戦争の影響をあまり感じていないという統計もありますし、思考のベースに「どうせ誰もロシアのことは理解できない」という思いがロシア国民の中で共通しているということに鑑みると、プーチン大統領が何か小さなことでもアメリカや国際社会から分捕ってきたら、それは大きな成果に変わるというマジックも働くことが濃厚です。

ウクライナフロントでの戦況を優位に進めつつ、停戦というニンジンをぶら下げて交渉を遅延させて時間を稼ぎ、その間に態勢・体制を立て直すという作戦が着々と進んでいます。ここでいう態勢・体制とは軍事的なものに限らず、ロシアの国際社会におけるプレゼンスと影響力の回復と拡大も意味します。

その意味では中東、アフリカ地域での影響力の回復が見られますし、縁を切ったはずのワグネルもスーダン内戦において暗躍し、ロシアのプレゼンスの拡大に一役買っています。

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プーチン大統領が国際社会に対して仕掛けるゲーム

ウクライナ戦争の解決を可能な限り先延ばしする背後で、スーダンでの内戦を長引かせ、イランとアメリカの緊張を煽り、トランプ大統領には“イランの核開発阻止に向けて協力できるかもしれない”と持ち掛けてイランを見捨てるように見せつつ、しっかりと中国と共にイランを支えるという状況を作って、ロシアに有利な状況を作り出していますし、世界がイスラエルの蛮行に怒る中、その影で一度は失ったシリアでのプレゼンスを、旧アサド派を支援することで取り戻し、東アフリカ側にも影響力を及ぼすことで、地中海を挟む形でロシアは軍事的なプレゼンスも回復し、拡大しようとしています。

“停戦”に前向きという姿勢を武器に、相手の弱みに付け込んでじらし続け、自らの要求をのませるのは、旧ソ連時代から特有の交渉術と言われていますが、まさに今、プーチン大統領は欧米諸国および国際社会に対してこのゲームを仕掛け、自らが夢見るプーチン版大ロシア帝国の再興を目論んでいます。

ただその背後でウクライナの一般市民が犠牲になり、ウクライナとの前線で戦うロシア兵の命が犠牲になり、スーダンでは内戦を長引かせることで数百万人にのぼる死者を出している悲劇を増長し続けています。

同じくイスラエルのネタニヤフ首相も、自分の保身と政治的な基盤の死守のために、ガザにおけるハマスとの終わらない戦争、ヒズボラとの戦いとレバノンへの戦線拡大、イスラエル人に根差す生存への渇望という根本的な心理と恐怖感に訴えかけて戦争を継続し、自らに非難の矢が飛んでこないように交錯し続けています。

そしてかつてはアメリカの仲介の下、対イラク戦争を戦うためにイランに武器供与を行い“同盟関係”にあったイラン革命政府を、イスラエルの生存に対する最大の脅威としてイメージ付けを行って、激しくイランを威嚇しつつ、アメリカの反イラン感情を利用してそれに乗っかって、イランとの緊張を作り出し、その緊張の緩和のためにはイランとの交戦もやむを得ないという危機を作り出して、ネタニヤフ首相の権力の維持・拡大という私欲に利用しているように見えます。

そのためにハマスが捕えたイスラエル人の人質は駒として使われ、ハマス掃討という大目的を掲げつつ、イスラエルとイスラエル人が自らの生存への脅威とずっと位置付けてきた「パレスチナ人を今こそ排除すべき」という極右の論調を利用して容赦なく無差別攻撃が続けられ、結果、罪なき一般市民が尊い命を無残に奪われるという、大矛盾が引き起こされています。

これまで紛争調停官として、紛争の現場で(多くの場合、最前線で)酷い状況を見てきましたが、国家安全保障という御旗の下、次々と一般市民の命が奪われていく現状に直面して、どうしようもない無力感を感じるとともに、それでも調停努力を続けないといけないという使命感を抱いて、何とも言えない精神状態に陥っているように感じます。

「今週は何も起こらなかったので、国際情勢の裏側についてお話しするネタがないんですよね」

そう言える時がそう遠くないうちに訪れることを切に祈りつつ、今週のコラムを終えたいと思います。

以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。

(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2025年4月4日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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