映画『オッペンハイマー』が話題も辛口評論家が「観るのをためらう」理由

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アメリカの物理学者ロバート・オッペンハイマーが原爆を開発する過程と、その後の彼の苦悩や苦難を描いた映画『オッペンハイマー』は、アカデミー賞で7部門を受賞し、日本でも3月に公開されてロングランとなっています。今回、メルマガ『佐高信の筆刀両断』で評論家の佐高信さんは、学生時代に潜り込んだという「オッペンハイマー事件」に関する講義の内容と、「科学の没価値性」に逃げ込めず苦悩するオッペンハイマーの言葉を紹介。未だ映画を観ていない心情についても記しています。

オッペンハイマー事件

アカデミー賞を受けた映画で話題になっている「原爆の父」オッペンハイマーの名を知ったのは1966年、大学4年になったばかりの5月だった。いまから60年近く前である。

盗聴に行っていた学習院大学の教室で、哲学者の久野収は、ハイナー・キップハルト著、岩淵達治訳の『オッペンハイマー事件―水爆・国家・人間』(雪華社)を素材に、科学者は価値とは無縁ではありえない、と強調した。「科学の没価性というのは、裏返せば、どんな価値とも野合する科学の娼婦理論だ」とまで久野は言った。

マックス・ウェーバーの説く価値自由論の恐さをこの事件が示している。『オッペンハイマー事件―水爆・国家・人間』を読んで、私は背筋が凍えていくような感触にとらわれたが、そんなこともあって映画はまだ見ていない。

昔から変わることなく、漫画などでは、科学者を捕まえてきて、脅迫しながら、何かを造らせることがある。その時、科学者は没価値性をもって良心の痛みを消すことができるのか。

劇作家の手によってドラマ化された『オッペンハイマー事件』の登場人物は、オッペンハイマーの他、アメリカ原子力委員会の機密を保持するための法務担当のロッブ、ローランダー、そしてオッペンハイマーの弁護人ギャスリン、マークス、証人として、警視のバッシュ、かつての高官ランズディル、物理学者のテラー、ベーテ、グリッブス、ラービなどである。副題は「良心と忠誠との調書」。

現代の苦悩を弱い個人で引き受けねばならなかったオッペンハイマーの言葉を2つほど書き抜くと―

「ヒロシマへの原爆投下は政治的な決定で、私の決定したことではありません」

「私は自分の仕事を果たしただけです」

日本の代表的な物理学者の湯川秀樹や朝永振一郎、そして武谷三男らは特に戦後、ストップ原爆の平和運動に携ったが、彼らがアメリカに生まれていたら、オッペンハイマーの悲劇を体験しなかったとは言えないかもしれない。

「戦争は野暮の骨頂」と断定する美輪明宏は、原爆の実験場にされた長崎の生まれだが、「私はアングロサクソンって大嫌いなんです。もともと海賊ですからね。英国とアメリカの歴史は、他人の土地を乗っ取って殺人して、略奪して。ろくでもない奴らですよ。悪魔ですよ。よく世界のポリスなんて言ってられる」と吐き棄てた。

「軍が支配すると、その国が亡びます。後先の考えもなしに、ただ根性、根性、根性。神風が吹くなんて、馬鹿なことを言って。奴らが日本を破滅に導いたんです」

降伏もせずに戦争を続けた大日本帝国が原爆投下を招いたわけだが、原爆投下はまぎれもなくジェノサイドだった。

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