近年、急成長を遂げた中国は、日本にも深刻な影響を及ぼしているPM2.5などの環境問題が世界的な課題となっています。中国は今後、こうした課題に対してどのような落とし前をつけるつもりなのでしょうか? 今回、メルマガ『石平の中国深層ニュース』の著者で中国を誰よりも良く知る男として著名な評論家・石平(せきへい)氏と、環境学の権威である東京大学生産技術研究所名誉教授の山本良一氏との対談が実現。経済成長と人口増加を続ける中国の数々の問題点や近い未来について、大いに語っていただきました。
人間中心主義を乗り越えなければいけない
山本良一氏(以下、山本):これから20~30年は活躍してもらわなければいけない石平さんですから、今日は言いたいことがあるのです。
1992年にトウ小平が南巡講和で経済の近代化を訴えた時、国際社会はリオで地球環境サミットを開催しています。地球環境サミットの結論は「人間中心主義を乗り越えなければいけない」、つまり世界の資源とか環境をすべて人間のために使うのはもう許されない、抑制しなければいけない、そうでないと地球生態系を破壊してしまうと。
我々は歴史的に氏族主義、民族主義、国家主義、植民地主義を乗り越えてきているわけです。そして、1992年は世界にとっては人間中心主義を乗り越えることを約束した年です。ところが、中国は歴史的に最後のチャンスとばかりに鄧小平が経済発展を大号令し、見事に成功を収めることになりました。しかし中国も、世界の認識に追いつかなければいけないのではないでしょうか。
21世紀、我々は認識を大転換させなければいけない。21世紀は人間の時代だと言われています。それは良い意味でも悪い意味でも両方があるのですが……、「生存空間」の話で言えば、もう人間が多すぎで、ものすごく環境を汚染し、地球温暖化を引き起こし、生物を絶滅に追い込んでいるのです。
ちょうど本日8月2日は、「アース・オーバーシュート・デー」、つまり世界が環境収容能力を超える日です。1年間に植物が増える量、つまり再生可能な資源、それでどれだけやっていけるかは決まっています。1年分の環境収容能力を全人類は元旦から8月2日までで使い切ってしまったのです。残りの日々はどうするかと言うと、例えば森林など蓄積されたものを利用することになる、つまり貯金を切り崩しているわけです。
石平:子孫の財産を明日から我々が食いつぶすことになるのですね。
山本:この「アース・オーバーシュート・デー」がだんだん早まっています。もう15年くらい、国際シンクタンク「グローバル・フットプリント・ネットワーク(GFN)」がそれを算出しているのです。
そして、科学者は2040年までには地球温暖化地獄に突入し、相当数の世界の民衆が酷い目にあうという予言をしています。ですから、もう中国、朝鮮、日本とか国レベルの問題ではなく、この地球生命圏を問題にして欲しいのです。つまり「宇宙船地球号」をどのようにうまく運転するか、と世界の知識人は考えているのです。「宇宙船地球号」の運転席に誰が座るのか、どういう運転をするのか、というところが最大のテーマなわけです。
石平:先生のおっしゃっていることがすごく大きな、非常に重要な問題提起であることはよく分かります。
では、中国のエリートたちはどう考えているのかというと、私の知る限りでは、「こうなったのは、我々の責任ではない」という一言です。
「あなたたち日本、アメリカ、西洋が率先し近代化して、美味い成果を得て満足した。そのツケはあなたたちが作った。このツケは我々が払うべきではない。あなた達が謳歌した繁栄を今度は我々も謳歌したい」
「例えば日本人もアメリカ人もみんな車を持っている。我々14億もそれを持つ権利がある。それは誰も剥奪することはできない。地球環境問題は、この問題を起こしたあなた達が考えてください。我々には関係ない。我々はこれから手に入れたいものを手に入れていく」、こういう考えが集いあっているのです。
山本:だけど、その考えは修正せざるをえないのです。中国自体が環境問題で苦しんでいるのですから。
中国共産党にとって経済成長は絶対命題
石平:鄧小平の時代に高度成長し大衆消費社会をつくりましたが、彼らもこのシステムは分かっています。みんなが車を買うと車産業が繁栄する。そうすると、鉄鋼や、車に関わるいろんな産業も繁栄し、経済全体が成長できる。そうすれば、人々の収入が増えて、さらに車を買うようになる。良い意味での循環ですね。しかし誰も考えないことは、中国人14億みんなが車を持つことになったら、その石油はどこにあるのか? ということです。
もう一つ、産業化した結果、今一番の被害者は中国人です。中国は水資源が乏しいのに、水が完全に汚染されています。
山本:大気汚染も酷いでしょう。
石平:PM2.5による健康被害も深刻です。人々の意識も高まっているのですが、大半の人々が繁栄するためには、環境を一時的に犠牲にしてもやむをえない、将来豊かになってからいずれ取り組もうと考えているわけです。
山本:しかし、それは許されない。2040年には北極の氷は夏はすべて溶けてしまうのです。
石平:もう一つ、中国独特の問題、とくに鄧小平の改革開放以来、天安門事件以来、経済成長すれば中国共産党の統治が正しいという証明になっているのです。
山本:しかし貧富の格差は、北京大学の調査では250倍になっているとか……。
石平:それでも、中国共産党にとって経済成長が絶対の命題なのです。貧富の格差が拡大する中で、もし経済成長が止まってしまえば何億もの貧困層が生活できなくなり、場合によっては大変な政治動乱が起こります。
PM2.5の問題にしても、本気になれば解決できることをすでに証明しています。北京でAPEC(アジア太平洋経済協力)が開催された時、周辺の工場の操業を一斉に止めさせたら、すぐ北京に青空が現れました。みんな「APECブルー」と呼んだそうです。しかし、APECが終わるとすべての工場が再開し、元に戻ってしまいました。
こういうことも2ヶ月はできたとしても、1年は無理でしょう。工場が完全に閉鎖されたら何千万人の失業者が溢れることになってしまいます。それだけで大変な政治動乱になるでしょう。
山本:貧乏な人が増えて1億人がキリスト教徒になったという話も聞きました。
石平:そうです。そういう状況の中で、中国のエリートや共産党政権も頭では分かっています。このまま産業化を継続し環境を破壊すれば20年後、中国に人が住めなくなるかもしれない。分かっていながら、政策の転回ができないのです。(つづく)