キッシンジャーの「中国愛」は、本物
キッシンジャーとニクソンは、なぜ共産党の一党独裁国家中国と和解したのか? ソ連に対抗するためです。ソ連は60年代非常に強力で、アメリカは押され気味だった。アメリカには、日本や西欧といった強力な同盟国(同盟地域)がある。それでも不安なので、中国と組むことにした。こういう「リアリズム的発想」から、アメリカと中国は60年代末、和解に向かいます。
キッシンジャーは1971年1月、初めて北京に行きました。そして、周恩来首相に会った。感想がものすごいです。
およそ60年間にわたる公人としての生活の中で、私は周恩来よりも人の心をつかんで離さない人物に会ったことはない。
彼は小柄で気品があり、聡明な目をした印象的な顔立ちで、相対する人物の心の中の見えない部分をも直感する、けた外れの知性と能力によって他を圧倒した。
まさに、「大絶賛」ですね。キッシンジャーは、「リアリズム的目的」で中国との和解を目指した。それで、北京に行って周恩来に会った。そして、中国の印象は、極めて良かったのです。後述しますが、キッシンジャーの「中国愛」は、以後46年間揺らぐことがありません。
キッシンジャーは、日本嫌い
「日中の首脳が相互訪問呼びかけへ。二階氏の訪中は正解と言えるのか?」でも書きましたが、ニクソンは1972年2月、中国を訪問した。そして、米中和解の大きな一歩を踏み出しました。
日本では、72年7月、田中角栄さんが総理になっています。彼は、同年9月訪中し、「アッ」という間に「日中国交正常化」を成し遂げてしまいます(ちなみに、米中国交正常化は、1979年)。
アメリカを出し抜こうとする田中総理に、キッシンジャーは大激怒。「ジャップは最悪の裏切り者!」と絶叫したことが、明らかになっています。共同通信2006年5月26日から。
「ジャップは最悪の裏切り者」(解禁された米公文書より)
72年にキッシンジャー氏
【ワシントン26日共同】ニクソン米大統領の中国訪問など1970年代の米外交政策を主導したキッシンジャー大統領補佐官(後に国務長官)が72年夏、田中角栄首相が訪中して日中国交正常化を図る計画を知り「ジャップ(日本人への蔑称)」との表現を使って日本を「最悪の裏切り者」と非難していたことが、26日までに解禁された米公文書で分かった。
ちなみに、キッシンジャーは、この時の恨みをその後も忘れていなかったようです。アメリカ在住政治アナリスト伊藤貫氏の名著『中国の「核」が世界を制す』に、キッシンジャーと直接会った時の感想が出ています。
キッシンジャーは、日本人に対して鋭い敵意と嫌悪感を抱いている。
キッシンジャーからは不快なものを感じた。彼が、日本人をほとんど生理的に嫌悪・軽蔑していることが感じられたからである。
なにはともあれ、田中総理は、アメリカを出し抜いた。それで、キッシンジャーは激怒していた。私たちは、事実として、「中国を愛し、日本を嫌っているキッシンジャーがトランプに大きな影響を与えていること」を知っている必要があります。