「ひまわり」や「自画像」など、多くの名作を残し、多くのファンを持つ画家ヴァン・ゴッホ。画家としての才能はもちろん、壮絶な人生を送ったことでも有名な人物です。そんなゴッホは当時の画家としては珍しく、キリスト教をテーマにした「宗教画」を描かなかったことはご存知でしょうか? 無料メルマガ「アート・コラム 美術鑑賞をもっと楽しく」では、ゴッホの「善きサマリア人」という作品を紹介し、ゴッホの生い立ちと少年期に経験したあるエピソードが、宗教画を描かなかった理由なのではないかと予想しています。
ヴァン・ゴッホはなぜ宗教画を描かなかったのか?
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27歳にして本格的な画家の道を志し、それから10年間、凄絶な芸術人生を駆け抜けたヴァン・ゴッホ。
彼が生をうけたのは厳格な牧師の家庭で、彼自身、画家になる前には献身的な伝道活動に身を投じたことはよく知られている。
あまりに献身的で自らの衣類も荒れるに任せていたので、伝道師委員会から伝道師の資格を剥奪されたくらいだ。
そんなゴッホだが、作品を見ると、生活画、風景画、肖像画に比べ、宗教画というのは意外と少ない。
西岡文彦著『名画でみる聖書の世界〈新約編〉』によると、彼のオリジナルの絵柄の宗教画はまったくなく、せいぜい他の画家の作品を模写して手を加えたものが少数あるだけだという。
そんな数少ない宗教画の一つが、ドラクロワの絵をもとにした『善きサマリア人』だというのが興味深い。
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サマリア人というのは、古代のユダヤ人に軽蔑されていた民族である。
しかし聖書の中に、あるユダヤ人が追い剥ぎにあって困っていた時、結局それを助けたのはそんなサマリア人だったという話がある。
そしてその追い剥ぎにあったユダヤ人を、最初に見捨てたのは、本来ならばユダヤ人が一番頼りにすべき、ユダヤ教の祭司だったという。
口では奉仕活動をとなえながら、結局ゴッホを見放した伝道師委員会。ゴッホ自身がそこから受けた失望と『善きサマリア人』の話とは、共通するものがありそうである。
もしかしたらゴッホは、オリジナルの宗教画を描いたら最期、自分はそこでキリスト教との訣別を明示せざるをえない、そんな怖れを抱いていたのではなかろうか。
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