老舗企業の共通性
以上、日本の老舗企業が現代社会で逞しく生き抜いている例をいくつか紹介したが、そこには、ある共通性が見てとれる。
第一に、それぞれの企業は、箔粉技術や醸造・発酵技術など、伝統技術を現代社会の必要とする新しい製品に生かしている、という点。時代が進むにつれて、消費者の生活様式も変わり、技術も進むので、必要とするものも変わっていく。ロウソクなどといった旧来の商品だけにしがみついていたら、これらの企業は時代の波を乗り越えられなかっただろう。「伝統は革新の連続」という言葉があるが、その革新を続けてきた企業が、老舗として今も続いている。
第二に、革新といっても、自分の本業の技術からは離れていない点である。神戸市灘区の創業200年の造り酒屋が、カラオケやサラ金経営に乗り出して倒産したという例がある。本業を通じて、独自の技術を営々と蓄積してきたところに老舗の強みがあるのであって、そこを離れては、新参企業と変わらない。
第三は、「金箔は生きている」「自然に生かされている」「生かす発想」などの言葉に見られるように、大自然の「生きとし生けるもの」の中で、その不思議な力を引き出し、それを革新的な製品開発につなげている点である。これはわが国の伝統的な自然観に基づいた発想であるとともに、西洋的な科学技術の「人間中心主義」の弱点・短所を補う、きわめて合理的・総合的なアプローチなのである。
大学で西洋的科学技術しか学んでこなかった研究者・技術者が欧米企業と同様な研究開発アプローチをとったのでは、同じ土俵で戦うだけで、独自の強みが出ない。老舗企業にはわが国の伝統的自然観が残っており、それが独自の技術革新をもたらしたのであろう。
老舗職人大国・日本
アジアの億万長者ベスト100のうち、半分強が華僑を含む中国系企業であるという。その中で100年以上続いている企業は一社もない。創業者1代か2代で築いた「成り上がり企業」ばかりである。
これに比べると、企業規模では比較にならないほど小さいが、100年以上の老舗企業が10万社以上もあるわが国とは、実に対照的である。
『千年、働いてきました』の著者・野村進氏は、「商人のアジア」と「職人のアジア」という興味深い概念を提唱している。「商人」だからこそ、創業者の才覚一つで億万長者になれるような急成長ができるのだろう。しかし、そこには事業を支える独自技術がないので、創業者が代替わりしてしまえば、あっという間に没落もする。
それに対して、「職人」は技術を磨くのに何代もかかり、急に富豪になったりはしないが、その技術を生かせば、時代の変遷を乗り越えて、事業を営んでいけるのである。
これらの老舗企業が示している経営の智慧を国家全体で生かしていけば、わが国は老舗職人大国として末永く幸福にやっていくことができるであろう。
文責:伊勢雅臣
image by: 1930年頃の金剛組(Wikipedia)