長崎県対馬の寺院から盗み出され、韓国に持ち込まれた仏像の返還を巡る裁判で、本来の所有者である韓国の浮石寺へ引き渡すよう命じる判決を出した韓国・大田地裁。日本人にとってはどうにも理解しがたいこの判決ですが、メルマガ『黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」』では、国民感情に迎合する韓国の司法の場において、日本に有利な判決や判断が出るはずがないとした上で、今後、韓国のみならず中国、北朝鮮といった国家といかに対峙するかが主要命題になってくると記しています。
【韓国】窃盗仏像を「倭寇の略奪」と決めつけた韓国
● 対馬仏像:専門家「略奪文化財認定、韓国は国際的な信用を失った」
1月26日、2012年に韓国窃盗団によって日本の対馬の観音寺から盗まれ韓国に持ち込まれた観世音菩薩坐像に対し、韓国の大田地裁は、「14世紀に倭寇によって略奪された可能性が高い」ということで、仏像を保管している韓国政府に対して、所有権を主張する韓国の浮石寺への引き渡しを命じました。
このニュースは日本でも大きく報じられ、釜山の慰安婦像問題に加えて日本人の嫌韓感情を増大させましたが、韓国でもこの判決はさすがにまずいと思ったのでしょう、国内の専門からも「略奪されたという確証がなく、韓国人が盗んできたことがはっきりしている文化財を『韓国のものだ』と主張するのは国益のためにならない」という声があがっています。
この観世音菩薩坐像に対しては、2013年に浮石寺が「倭寇に盗まれたもの」として占有移転禁止の仮処分を申し立てしたのが事の始まりです。そして大田地裁はこの申請を受理し、「日本の観音寺が仏像を正当に取得したことを証明するまで、日本に仏像を返還しない」という、信じられないような判断を示したのでした。
どのような経緯で日本側に渡ってきたのかを示す証拠を出せというわけですが、数百年も昔のことについて、正当な受け渡しがあったことを証明しろというほうが無茶な要求です。
朝鮮半島では14世紀に高麗朝から李氏朝鮮へと王朝が交代しましたが、それにより儒教が国教となったことで仏教は徹底的に弾圧されました。寺院は徹底的に破壊され、僧侶は賤民階級に落とされたのです。そうした弾圧の難を逃れて、対馬に渡ったと考えるほうがよほど説得力があります。
仏教はインドから西域を経由して、後漢の約1世紀前後に中国をはじめ、北亜、東亜などユーラシア大陸の東半分に伝わり、「北伝仏教」と称されました。朝鮮半島でも高句麗、百済、新羅など三国の時代から、仏教王国の高麗朝に至るまで栄えていました。
しかし大仏教文明圏の衰退は、中洋(中央アジア)のイスラム文明の興起という理由とともに、中国の北魏(446年)、北周(574年と575年)、唐(845年)、後周(955年)における「三武一宗」の仏教弾圧により、決定的になりました。
とくに朝鮮半島の廃仏毀釈はもっとも過激で、仏像や仏寺を潰すのみならず、寺院の周辺の茶園では茶の木が根こそぎ抜き捨てられました。寺廟の仏像の代わりには、明の皇帝をはじめ、孫悟空や猪八戒が神として祀られました。仏像は地下に埋められるか、木っ端微塵に叩き壊されたのです。