GPIFの組織を簡単に説明しておこう。理事長と理事(1人)のもとに事務局があり、外部に8人のメンバーによる運用委員会が設けられている。理事も運用委員も厚生労働大臣が任命する。
運用はインハウス(自家運用)ではなく、基本的には民間のファンドを選んで委託する。いかにいいファンドを選ぶかが運用部門の腕のみせどころなのだが、それ以前に、基本ポートフォリオをどう組むかが重要である。運用委員会はその作成に権限を有している。
安倍首相が、年度替わりに、厚生労働大臣の任命権を使って人事に介入したのは、運用委員会を思うがままに操縦したいためである。国民の大切な年金資産の半分を株式購入にあてる構想を実現するには、運用委員会にその方針を支持しそうなメンバーを揃えておく必要があった。
2014年4月24日の新年度最初の運用委員会では、8人の委員のうち、委員長をはじめとする5人が入れ替わっていた。その会合から基本ポートフォリオ変更についての検討が始まり、同年10月23日の委員会で、国内債券を60%から35%に減らし、株式を24%から50%に引き上げるという大幅な変更案が、賛成7人、反対1人で承認されたのである。
こうして決定した新しい基本ポートフォリオのもと、株式の大量買い増しが進んだが、株価上昇がいつまでも続くはずはない。専門家の間では年金資金運用が政治の具となることに危惧の念を表明する声が強まった。同年春に退任した理事の1人、小幡績(慶応大大学院准教授)もその1人だ。
「国民の年金の将来支払いの原資を運用する組織を大きく変えようとする動きは危険だ」と同年6月、『GPIF 世界最大の機関投資家』というタイトルの本を緊急出版した。このなかで、小幡は基本ポートフォリオの変更を「誤り」と断じ、以下のように理由を述べている。
どんな資産にどのように投資するか。これ以上、専門的で、現場の専門家、当事者以外に決められない、材料がなければ議論できないことはありません。それを政治家や外部のエコノミストや有識者がやっている。株式を買えるようにするために、運用に積極的な人を政治側が選ぶ。自分たちの意見に従う専門家をGPIFのメンバーとして選ぶ。おかしいです。本末転倒どころか、年金運用を「ぶっ壊す」つもりなのでしょうか。
これぞ、まさに安倍の手口であろう。
安倍官邸は憲法解釈を変えるために内閣法制局人事を揺さぶり、NHKを公共放送から内閣宣伝機関にするために会長や経営委員を替え、日銀の独立性を奪うために意に適う総裁、副総裁を送り込んだ。そのうえ国民の自由より国家の秩序を重視する政策を進めやすいよう憲法を改正しようとしている。
安倍晋三の「改革」はつねに、知性を無視し自らの信じるドグマを重視する「破壊」であり「欺瞞」であり「本末転倒」である。
アベノミクスがとうに行き詰っているのは明白だ。このままでは、GPIFによる国民の損失は膨れ上がる一方だろう。われわれ国民は参院選、場合によっては衆参ダブル選の投票により、この悪しき流れを断ち切るほかない。
image by: 首相官邸
『国家権力&メディア一刀両断』 より一部抜粋
著者/新 恭(あらた きょう)
記者クラブを通した官とメディアの共同体がこの国の情報空間を歪めている。その実態を抉り出し、新聞記事の細部に宿る官製情報のウソを暴くとともに、官とメディアの構造改革を提言したい。
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