Hogewey(ホフヴェイ)は、アルツハイマー症・認知症の重症患者のみを収容する介護施設である。首都アムステルダムから約25キロの場所にある、Weesp(ヴェースプ)と呼ばれるのどかな街に、2009年に開設された。オランダのごく普通の介護施設(老人ホーム)は、静寂と美しい自然に囲まれた緑豊かな郊外にあることが多いが、ホフヴェイも同様である。
ここは開設当時から、アルツハイマー症及び認知症患者のみを収容するユニークな介護施設として、国内はもちろん、アメリカや日本など海外のメディアから注目されてきた。現在、152人のアルツハイマー及び認知症患者たちが、23練の建物の中で暮らしており、彼らにとって「我が家」である施設は総面積が約1ヘクタール(12,000㎡)で、敷地内はひとつの「街」として設計され、またそのように機能している。たとえば、患者がくつろぐためのカフェやレストラン、スーパーマーケット、理髪店、そして映画館兼コンサートホールもあるほどの充実ぶりだ。
それぞれのライフスタイルに合わせて
ここの最大の特徴は、入所患者が(過去の)ライフスタイルに合わせて生活を営めるよう、7つのコンセプトに則って作られていることだろう。各自の宗教的背景や、趣味などから推し測り、好みにもっともぴったりするカテゴリーの部屋を選んで入居することが出来るのである。患者がこの施設を「自分の家」として親しみを感じ、安心して快適に暮らせるような工夫といえよう。ちなみに、7つのコンセプトというのは、以下のようなものだ。
1.クラシック(オランダの文化・伝統を重んずる人向け)
2.カトリック(キリスト教の信仰深い人たち向け)
3.アート(芸術、音楽、芸能などに興味を持つ人向け)
4.セレブ(富裕層向け)
5.アットホーム(家庭第一の生活を送ってきた人向け)
6.インドネシア(旧蘭領・インドネシアで生活を送っていた人、もしくはインドネシア系の人びと向け)
7.シティ(都会的な生活を好む人向け)
以前と変わらぬ生活が治療に効果的
コンセプトのみならず、介護士によるケアも患者の家族らから好評を博しているという。お仕着せではなく、各患者にとって最適なケアが施されているからだ。
この施設の発案者は、一般老人ホームに勤務していた介護士、イヴォンヌ・ファン・アルメロンヘン女史とその同僚の2人である。双方とも、認知症やアルツハイマー症の両親を持っていたが、不幸にも適切なケアを得られないまま彼らを亡くした苦い経験を持っている。それを元に、自ら培った老人ホームでの経験と知識を生かし研究やリサーチを重ねた彼女たちは、認知症・アルツハイマー患者らに対し、過去同様のライフスタイルを送らせることが、もっとも効果的な治療にも通じると結論づけた経由を持つ。
この施設を訪問した人に尋ねてみると、異口同音に誰もが、「まるでごく当たり前の“街”のようだ」「老人ホームという感じがしない」、と驚く。実際、患者たちは付き添いのあるなしにかかわらず、施設内の公園や広場、スーパーマーケット、映画館、そしてレストラン、カフェなどへ自由に出入りし、思い思いの時間を楽しんでいるように見えるからだろう。「街」としての機能をも果たす施設の設立には意図があるが、これは患者たちに、自立とまではいかずとも、患者ではなく、「ごく普通の人」と同じ生活が出来るのだ、という意識を持たせるためなのだという。
社会にアピールする意図
アルツハイマー症及び認知症患者のみを収容する施設というと、患者をある意味で「特別扱い」し、社会から隔離することに通じるのではないか?と疑問を持つ方もいるかもしれない。しかし、このホフヴェイでは患者たちが過去同様の「普通の」生活が送れるようサポートし、決して特別視せず、彼らをリスペクトしながら接することをモットーとしている。そして、この施設で施される最適な介護がメディアを通じて公表されれば、アルツハイマーや認知症患者にスポットが当たり、人びとの関心を喚起できるかもしれない。そういった意味でも、この施設の存在は大きく、決して社会から患者たちを隔離する目的で設立されたわけではないことがわかる。
2010年、オランダ国内に於ける介護施設賞の金賞を獲得したというホフヴェイ。自宅で介護を受けていたときよりも、この施設内で別の表情を見せるようになった患者に会うことが、とても嬉しい!と感激する見舞い客たちの表情を見ていると、ここと同様の施設がさらに増えて行くことを願わざるを得ない。
(カオル イナバ)
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