南シナ海問題では、中国の主張が、その範囲の広さや強引さから目立っているが、他にベトナム、フィリピン、台湾、ブルネイ、マレーシアなども権利を主張している。中国は「九段線」なるものを盾に、南シナ海の大部分についての権利を主張しているが、フィリピンは、中国の主張は国連海洋法条約上、無効であるとして、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所に調停を申し立てた。同裁判所は、今夏にも司法判断を下すと一部メディアは予測している。あおりを受けて、慌てさせられているのが台湾だ。
「島」なのか「岩」なのか、それが問題
台湾は、南沙(スプラトリー)諸島の太平島を1956年より60年間、実効支配している。フィナンシャル・タイムズ紙(FT)によれば、太平島は南沙諸島では最大の天然地形だ。台湾が南シナ海で実効支配しているのはここだけだという。台湾以外にも、中国、フィリピン、ベトナムがこの島の領有権を主張している。
この太平島が、海洋法条約で「島」と認められるものかどうかをめぐって、台湾とフィリピンで意見が対立している。同条約の第121条第1項では「島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ満潮時においても水面上にあるもの」と定義されている。と同時に、第3項では「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない」とされている。そこで、「人間の居住」を維持できない場合は、それは島ではなく岩ではないか、という1つの解釈が存在する。
仲裁裁判所は今年の夏に、中国が南シナ海の島、岩、岩礁(満潮時には水面下に没する岩)に広範囲に権利を主張していることに対する初の法的な異議申し立てについて、司法判断を下す準備をしているが、太平島が島であるか岩であるかが、現在、激しい国際論争の議題になっている、とウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)は語る。
ブルームバーグも、同裁判所の判断は、複雑に入り組んだこの地域の領有権問題に根本的な影響を与えるかもしれないものだが、地域がこの判断に備えている中、南シナ海の至るところに点在する島、岩、岩礁の法的地位が新たな重要性を帯びている、と語る。
「島」には「岩」にはない特典がある
「島」であるか「岩」であるかが、なぜそれほど重要なのだろうか。WSJはこの点について、もし仲裁裁判所が太平島は島だと結論した場合、これにより、島の周囲200カイリまで及ぶ排他的経済水域(EEZ)を設定する権利が与えられることになり、さらにこの水域内に人工島を建設することができるようになる、と語っている。「岩」の場合、周囲12カイリの領海は認められるが、EEZは設定できない。
フィリピンの調停申し立ては中国をターゲットにしたものではあるが、WSJによると、南沙諸島のどの地形も、「人間の居住または経済的生活を維持」できることを要求する「島」の法的定義を満たしていない、というのがフィリピンの主張の重要な部分であるという(「岩」に関して言われていることを「島」に応用した解釈となっている)。
ブルームバーグは、南沙諸島は人が居住できない岩の集まりであり、周辺の資源を利用する権利を与えないとフィリピンが主張しているのに対して、仲裁裁判所が今後数ヶ月の間に判断を下すかもしれない、としている。
太平島が「島」だと主張するために台湾が取ったアプローチとは
将来的に太平島の周囲にEEZを設定したい台湾としては、このフィリピンの主張に対抗していく必要がある。ただし、ブルームバーグによると、台湾は国として公式に認められておらず、フィリピンが申し立てた仲裁手続きに参加することが認められていないという。WSJが指摘するように、台湾は国連の加盟国でも海洋法条約の締結国でもない。台湾の林永楽外交部長(外相)は、台湾はハーグの仲裁裁判所からも他の国際機関からも、中国のたっての要請によって締め出されているので、政府は国際世論に影響を与えるために奮闘しなければならない、と語った(FT)。
台湾が取っている作戦は、国際社会にアピールすることである。ブルームバーグは、台湾はこの数ヶ月というもの、世界に対して、太平島が国際法上、島とみなされるべきだと証明しようと急いでいる、と語る。1月末には台湾の馬英九総統が太平島を訪れた。そして今月23日には、島で生活が営まれていることをアピールするため、台湾メディア、海外メディアを太平島に招待している。台湾政府が海外メディアを同島に招いたのは初だという。
同島には現在、約200人が住んでいる(ブルームバーグ)。167人は台湾の沿岸警備隊である海岸巡防署の職員であり、島内でカボチャ、オクラ、トウモロコシ、キャベツを栽培し、少数のニワトリとヤギを飼育しているという(WSJ)。また、島には淡水の湧く井戸が4本あり、台湾政府は、この島での生活の維持が可能なことの強い証拠とみなしているようだ(FT)。
台湾の取り組みが中国を利するかたちに?
しかし、台湾がこのように自国の利益を追求することが、中国にとって好都合に働いてしまっている、という状況がある。シンガポールの東南アジア研究所のイアン・ストーリー特別研究員はFTで、太平島についての台湾の姿勢の皮肉な点の1つは、それが中国の、この海域を支配しようとする、ますます独断的な取り組みを支援しているということだと語っている。
まず、歴史的な理由から、台湾と中国の南シナ海での権利主張の全体図は似通ったものとなっている。また、中国政府は「一つの中国」政策を堅持し、台湾を自国の一部とみなしている。そこで、例えば太平島の領有権が台湾に認められるのであれば、それは結果的に中国のものだ、という論理が、中国の観点からは成り立つことになる。
太平島にEEZが認められればそこに人工島を建設することができるようになるが、このことが中国に(すでに行った)埋め立てを正当化する口実を与えるかもしれない、と海洋問題専門家が主張している(WSJ)。中国は南沙諸島全部の領有権を主張しており、中国の南沙諸島の人工島は皆、太平島から200カイリ以内に位置するからだ。
(田所秀徳)
【関連記事】