大阪と東京の地検特捜部に所属したことのあるヤメ検弁護士、田中森一(故人)と、国策捜査の罠にかかった経験を持つ元外務省職員、佐藤優(作家)の対談をまとめた「正義の正体」という本に、検察捜査の内幕をうかがわせる次のようなやりとりがおさめられている。
田中:佐藤さんの場合はたまたま積極的な国策捜査のターゲットになったわけだけど、実はそちらのほうが稀なのかもしれない。僕が検察の内部にいていつもいらつかされていたのは、たいていこの消極的な、不作為の国策捜査のほうだったな。
佐藤:国策不捜査と言ったほうが分かりやすいかもしれないですね。そうした話が「反転」(筆者註:田中森一の著書)にもありました。田中さんが当時の大阪府知事の金脈問題を掴んで、いよいよ強制捜査に乗り出そうとしたら…。
田中:当時の大阪地検の検事正だった村上流光さんから「お前はたかが5,000万で大阪を共産党の天下に戻すつもりかっと怒鳴られた。
佐藤:当時の岸大阪府知事を退陣に追い込んだりするようなことになれば、共産党知事になるじゃないかというわけですね。
田中:それで結局、捜査班は解散させられるわけだけど、たしかに、体制を守るためには…。
佐藤:当時は東西冷戦の時代ですからね。
田中:あとで分かったことだけど、あの事件のときには裏で中曽根首相が動いて、検察のトップと手打ちをしていたらしい。
これは、モロに総理大臣が検察に介入した事例である。一時期、共産党推薦の黒田府政が続いたことのある大阪の府知事選を特別に重視したとはいえ、見識のない総理大臣のもとで、検察がまともな仕事をするのがいかに難しいかを示している。
「検察が政界の大物を対象にした捜査をやるときは、必ず総理にお伺いを立てます」(「小沢一郎 政権奪取論」)というのは、検察も行政の一組織である以上、ありうることだ。2009年3月に、小沢一郎への東京地検特捜部の捜査がはじまったのは、政権交代をなんとしても阻止したい官邸と、霞が関改革を唱える政界の大物を釣り上げたい検察の思惑が一致したからであろう。
この政治権力の捜査介入は、内閣が検事総長を任命する制度がある限り、なくならないかもしれない。安倍首相がその気にさえなれば、甘利明の口利き疑惑への「国策不捜査」を検察に押しつけることもありうるのだ。実際、甘利疑惑が発覚してこのかた、東京地検特捜部が動いている気配はほとんどない。