もしも、あなたが新しい土地で商売を始めようとするなら、まず何をリサーチしますか? 同業者の数? 値段? 品揃えの豊富さ? たしかにどれも大切なことですが、江戸時代のとある商人は「あるものが足りない」ことに着目して商売に成功したそうです。それは、現代の私たちでさえ忘れがちな商売のもっとも「基本」であり「大切」なことでした。無料メルマガ『ビジネス発想源』の著者・弘中勝さんが紹介する、目からウロコのエピソードとは…。
売り物は品物にあらず
例えば、ある町で花を売ろうとしても、その町には花屋さんはたくさんあるとしたら、この町では、もう花は売れないのでしょうか?
決して、そんなことはありません。他の花屋さんよりも、かわいいブーケを作れる、独特のアレンジメントができる、という花屋さんにはお客様が集まるでしょう。1時間前からでもスマホで配達を依頼できてすぐに自宅に届けてくれるようなサービスもまた必要とされるかもしれません。
つまり、その商品がそこにはたくさんあると言っても、売れないということはありません。正確に言えば、商品がたくさんあっても、「売るものは商品だけではない」ということです。
花という同じ商品を扱っていたとしても、
・アレンジメントのデザインを売る
・即時配達という便利さを売る
・ラッピングのかわいらしさを売る
・店内の毎月の花飾りの提案を売る
・生け花教室というノウハウを売る
・ガーデニングという欧州の文化を売る
・花言葉とかけた祈願を売る
などなど、「売るもの」は「花」以外にもいくらでもあるのです。これらを小難しく言い表せばビジネスモデルやビジネスチャンスといったものになるわけです。
江戸時代に、滋賀県から行商に出かけた野田六左衛門という若き近江商人は、中山道を通って江戸に向かいました。その途中で、上州の板鼻宿(群馬県安中市)に到着するのですが、この板鼻宿というのは、碓氷川の手前ということで賑わっていて、中山道の中でも屈指の大きさの宿場町でした。
それだけにぎわっているのですから、あらゆる品物があらゆる店に揃っていて、普通の行商人ならば「この町にはもう、新参者には売れるものはない」と諦めて、商売の場を他に求めます。
しかし、野田六左衛門は、夜に灯りとして使うろうそくを1本買いに行っただけで、「ああ、この街でたくさん売れるものがあるなあ」と見抜いて、ここで商いをすることに決めます。
野田六左衛門は、板鼻宿で酒屋を開くのですが、飛ぶように売れて店は大繁盛し、町内屈指の大富豪へとのし上がっていったのです。でも、野田六左衛門はろうそく1本を買いに行って「酒が売れる」と思ったわけではありません。宿場町には既に酒屋さんはたくさんあって、十分に街のニーズを満たしていました。
では野田六左衛門には、どんなことを見て何が売れると気づいたのか。それは、ろうそくを1本買いに行くと、どの店も、1本しか買わない自分を後回しにして、まとめ買いをする後のお客ばかり接客することです。そんなはしたの買い方のお客はぞんざいに扱って、取り扱い量が多いほうばかりにペコペコする。それがこの街では当たり前の風習だったので、「なんだ、この街には『親切』は売っていないな」と気がついたわけです。
そこで、野田六左衛門は開業しやすかった酒屋を開き、少量しか購入しないお客様にも誠心誠意に接し、「あのお店はこの街では一番親切だ」という評判が立って繁盛していったのです。
売るものとは商材そのものだけではないし、また自分の本業とは異なる分野の商売からもそのヒントがいくらでも得られる、ということが分かるエピソードではないでしょうか。
自分の商売は、何を売っているのか。
商品名やサービス名だけではない、自分たちならではの「売り物」が、必ずどこかにあるのです。自分たちが誇りとしている「売り物」、そしてこれから手に入れたい「売り物」には、どのようなものがあるでしょうか。
【今日の発想源実践】(実践期限:1日間)
・自分たちは何を売っているのか。商品名やサービス名ではない言葉で言い表し、それをノートにまとめる。ただし、それが同業他社にあてはめても同じことが言える言葉は避ける。
・社内でも社員たちで話し合ってみる。
image by:Shutterstock