みなさんは、「スパイ」と聞いてどんなイメージを抱きますか? 映画のようなスリルとサスペンスに満ちた感じを思い浮かべるのかもしれません。しかし、スパイが所属する情報機関は、そんなに華やかなところではないようです。命の危険にさらされながら、秘密情報を収集するスパイ。メルマガ『異種会議:戦争からバグパイプ~ギャルまで』の著者である加藤健二郎さんが、このスパイのアブナイ裏事情についていろいろと暴露してくれています。
情報機関の質が劣化する時
官僚機構の縦割りの壁がなくなることによって、情報機関の情報収集能力の質が劣化することは、本メルマガ2015年12月11日発行号(号外)に書いた。その具体例の1つともいえるのが、元外務省職員でロシア通の佐藤優氏の著書だ。特に初期の著書は、検察の取り調べや外務省上層部の動きを克明に書いているので、「こんなことを安易に曝露されちゃうと、日本外務省に情報提供していた外国人は怖がって、際どい情報を上げてくれなくなるだろうなあ」と感じたのは、カトケンだけでなく、日本国内の外国人から情報を貰ってる警察や公安関係の人たちもだったようだ。ただし、そのリスクを冒しているがゆえに、内容はなかなか濃くて参考になる良書だ。
さて、リスクとは。まず、外務省の中で佐藤優氏のような重要な立場にいた人でも、一転し政敵扱いになると失脚させられ尋問によって秘密を暴露する側になることに、情報提供者は危機感を持つ。佐藤優氏に情報提供していたロシア人達のその後の身の振り方がどうなるかを考えれば、その危機感は想像つくであろう。
日本に情報を提供していたロシア人は、自分の身を守るために日本へ出す情報の質を落とし、また日本政府にとっての情報源だったロシア人たちは、自分の持つ日本情報とともにロシア情報機関側に鞍替えせざるをえない。あちらは、日本と違って、命の危険があるお国なのだから。ロシアのお得意は毒殺ね。
情報は、金で買うだけでは価値の高いものはなかなか手に入らず、情報戦においては、お互いの求める情報と情報の等価交換だから、日本外務省がロシア情報をゲットできているということは、相手のロシア人は等価交換で日本の情報を貰っている。情報屋は、相手機関に寝返るときに、そういった情報を手土産として部分的にキープしておくもの。
日本では、一般庶民でも、スパイなんか殺されたってしょうがない、と思っている人が多く、消耗品か犯罪者の扱いである。しかし、ロシアなど旧共産圏は、日本人の感覚以上にスパイを大切にしている。特に大切なのは、科学技術や経済の発展した外国から情報を提供してくれる外国人スパイだ。経済力や科学技術で遅れを取っていた旧共産圏では、親米圏からの最先端情報を持ち込んでくれる人は、発明家と同じくらい、自国の科学技術の発展に貢献してくれる人ともいえる。そのようなお国柄の違いもあり、日本が「スパイなんか危険承知のビジネスなんだから捨てられて当たり前」と冷酷に切り捨てたロシア人協力者が、ロシア情報機関に拾われる。
第2次大戦後のスターリン時代に、NATO軍の中枢情報をモスクワに送ってくれる情報提供者がいた。しかし、スターリンはその情報を元にした政治的な動きをしなかったといわれている。それは、もしスターリンがそのような動きをすると、NATO中枢内の情報提供者が特定されてしまうからだったと。もちろん人道的な配慮などではなく、その後も長く情報を吸い上げたいからではある。一発の爆発力ある有力情報を利用することよりも、その後も何年間にも渡って継続して情報を取れることを重視した。スパイアクション映画などを観ていると、スパイの仕事は1ミッションごとに難易度の高い任務をこなしてゆくが、本当に大事な情報は、気づかれず目立たず地味に継続して取れる情報源の確保だ。長年かけて構築したそのような情報源を失うことは、実はかなり痛い。
英国のように、自国にろくな産業もなく経済も武力もパッとしない元帝国がなぜ、偉そうに世界に君臨しているのか、それは、情報網によって、米国などの痛いところを握っているから、といわれている。元大英帝国のブランドだけで食っていけるほど世の中は甘くない。
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