ニューヨーク市の衛生局が、「完全に過熱しない食品を扱う際に素手で触らない」という衛生基準を飲食店に対し導入。これにより、使い捨て手袋の着用がすし店で始まった。ところが手袋を拒否したすし職人のすし店が営業停止となり、これをきっかけに、「素手で握ってこそすし」、「手袋=衛生的なのか」と言った批判が噴出し論争に発展している。
手で握るのは訳がある
今回手袋着用を拒否し営業停止となったのは、多くのファンを持つすしシェフ、デビッド・ブーハダナ氏の「スシ・ドージョー」だ。ブーハダナ氏は10代ですし職人となり、日本のすし店でも修行をした本格派。『Business Journals』 によれば、同氏だけでなく、「すし作りの伝統に反する」手袋の着用を拒否する職人は多いという。しかし、ニューヨークではレストランの衛生状態をA、B、Cの順で評価しており、素手ですしを握ればマイナス7ポイント。13ポイントを失うと、A評価を受けられず、経営的にも好ましくないという。この点から、しぶしぶ手袋をする職人もいるようだ。
大のすし好きで、有名店「スシ・ヤスダ」のオーナーの1人であるスコット・ローゼンバーグ氏は、ニューヨーク・デイリー・ニュース(NYDN)に寄稿し、素手ですしを握るべき理由を説明する。職人は、直接魚に触れることでその鮮度を確認し、油の乗りを感じ、その魚に合った最良の切り方、客への出し方を見極める。シャリに加える微妙な力加減も、素手でなくては決められない。また、シャリとネタが合わさったときのちょうどいい温度も、職人の手の感覚が決めるのだと同氏は言い切る。
さらに衛生面においては、手袋使用はむしろ不衛生だと同氏は主張する。例えば、手袋をしてサンドイッチを作った店員がそのまま現金を受け取り、濡れたエプロンに触れ、汚れた引出しを開け閉めすることもあり、結果的により危険な相互汚染につながる。また、長時間手袋をしていると、内側の湿度が上がって微生物が蔓延することにもなる。破れた手袋の隙間から、また手袋を外す際に菌が移る確率が高まるという研究もあるとのことだ。こういったリスクを減らすため、手袋をちょくちょく取り替えるのも手だが、何百枚もの手袋が無駄になると同氏は指摘。それに比べ、すし職人には、まめに手を洗い、酢を入れた水で何度も手を殺菌するという徹底した手順があると述べている。
正しい知識が必要
すしがアメリカ人にとって比較的新しい食べ物であることもあり、手袋以外にも、すしに対する衛生基準は総じて厳しいようだ。ニューヨーク市では、カリフォルニア州などで冷凍生食用マグロの食中毒が起きたのをきっかけに、サルモネラ菌の繁殖を抑えるため、すし店にマグロの冷凍を昨年から義務付けている。これに対し『Food Safety Magazine』に記事を寄せた「エド・スシ・エクスプレス」のシンシア・ラベル・トゥン氏は、マグロの食中毒の原因は、インドネシアの加工元が汚れた水を使用したためだろうと推測。冷凍しても菌の繁殖が抑えられるだけで、菌が死ぬわけではないと説明する。同氏は、すしを食べて死んだアメリカ人はほとんどいないとし、冷凍、生に関わらず、適切な処理がされた魚を使う限り、すしは安全だという認識を示した。
すし飯に対しても、室温で2時間以上置くとバクテリアが増えるとし、廃棄を求める自治体もあるという。これに対しても、pH値が適切になるよう酢飯を調合すれば、食中毒の危険はないとトゥン氏は主張。多くの人々がすしを食べるようになった今、安全性に関し正しい知識が必要だと述べている。
ロサンゼルスでは手袋撤回
ロサンゼルス・タイムズ紙(LAT)によれば、2014年1月にカリフォルニア州でもレストランの従業員に手袋の使用が義務づけられたが、レストラン業界から手を洗う方が効果的、手袋のコストや環境への負荷が問題だという批判があり、同年6月に撤回された。
リトル東京の「スシ・ゲン」では、手袋をはめて握ったすしが不評で、苦情の電話が相次いだらしい。店側はこれで職人たちもハッピーになれるとLATに安堵の気持ちを語った。すしはやはり、手で握ってこそ本物。ニューヨークでも、ぜひ規則の見直しを期待したいところだ。
(山川真智子)
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