青木ヶ原樹海を舞台にした米映画『The Sea of Trees』が、今年のゴールデンウィークに『追憶の森』の邦題で公開される。ガス・ヴァン・サント監督の新作ミステリーで、主演はマシュー・マコノヒーと渡辺謙。外国人観光客を巻き込んだ富士山ブームが、本作の公開によって「樹海探検ブーム」に広がるかどうか、注目される。
「富士山ブーム」の中での公開
青木ヶ原樹海は、富士山の北西に広がる、言わずと知れた自殺の名所だ。『追憶の森』では、マシュー・マコノヒー演じる米国人男性アーサーが、自殺するために青木ヶ原樹海にやってくる。そこで出口を求めてさまよう日本人男性タクミ(渡辺謙)と出会い、苦難を共にしていく過程で妻(ナオミ・ワッツ)との間に横たわる秘密を語ってゆく。ヴァン・サント監督は、死生観やスピリチュアリティ(精神性・霊性)がテーマだとプレスに答えている。
富士山は、もともと京都や広島と並ぶ日本観光の超人気スポットだ。2013年の世界文化遺産登録以降、国内でも「富士山ブーム」と言える状況になっており、日本人、外国人を問わず連日多くの観光客・登山客で賑わう。『追憶の森』の制作も2013年に発表されている。
昨年は、天候不順や御嶽山・箱根山の噴火の影響で、富士登山客は最も多かった2010年に比べてほぼ半減した。しかし、その分、富士山観光のスタイルが多様化しているようだ。あえて登頂を目指さないで車で行ける5合目から下る「富士下山」がライト層の間で広まり、富士五湖で水辺の自然を満喫するといった登山以外のアクティビティを楽しむレジャー客も増えている。麓の富士吉田市でうどんなどのグルメを楽しむ観光客も過去最多を記録したという。
「樹海の小説を書いた」という外国人旅行者も
「樹海探検」もその一つで、外国人向けのツアーも組まれている。大手ツアーサイト『Viator』では、154ドル39セントで「富士山と青木ヶ原樹海の東京からの日帰りツアー」を行っている。東京を出発して富士山5合目までバスで登った後、麓のホテルで伝統的な和食を楽しみ、青木ヶ原樹海で風穴などを探検する。行程の半分ほどがこの樹海探検に充てられている。サイトに掲載されている過去の参加者の評判は上々で、レーティングは5点中4.5点。多くのレビュアーが、樹海散策と風穴探検をツアーのハイライトに挙げている。自殺の名所という情報も浸透しているようで、「美しいと同時に恐ろしい」といった感想も多く見られる。
旅行情報サイト『Trip Advisor』では、個人で樹海探検をした外国人観光客のレビューが60件掲載されている(2016年1月7日時点)。こちらの総合評価も、5点中4.5点だ。やはり多くのレビュアーが、自殺の名所という歴史の「不気味さ」と自然の「美しさ」が共存する類を見ない魅力を強調している。
「この“自殺の森”は、散策路を歩いている時は美しいが、道を外れて冒険する者にとっては恐ろしい。半分土に埋まった服と毛布を見つけた時は、心臓が高鳴ったよ。そして、しばしば誰かに見られているような感覚があった」(オーストラリアからの男性旅行者)
中には「現地を訪れずに、この森のことを小説に書いた。でも、やはり見ておいた方が良いと思って実際に行ってみた」という外国人女性も。このレビュアーは「完全に魅了された。樹海を歩きながら、別の新しい小説のプロットが浮かんだ」と、樹海体験を綴っている。
カンヌでの評価は散々
こうした外国人旅行者のレビューを見ていると、『追憶の森』の公開後にさらに樹海人気が高まるのは間違いなさそうだと思えてくる。ただし、この映画の前評判はさんざんなものだということを付け加えねばならない。
『追憶の森』は、昨年5月のカンヌ国際映画祭に出品されている。試写会での観客の反応は非常に悪く、ブーイングすら起きたと報じられている。映画・芸能情報サイト『Indiewire』も、当時のレビューで「The Sea of Treesは、ガス・ヴァン・サント監督のワースト・ムービーだ」と酷評。英ガーディアン紙は、「ストーリーが陳腐で馬鹿げている」点が、批評家たちの批判を浴びる要因になっていると指摘する。同紙専属の映画評論家、ピーター・ブラッドショー氏は「ファンタジックなほどイライラする“お涙頂戴もの”だ」と酷評し、最低の1つ星を与えている。
女性向けの英文情報サイト『BUSTLE』は、「世界の11の恐怖スポット」に、青木ヶ原樹海をランクインさせている。同サイトは、青木ヶ原を米サンフランシスコのゴールデン・ゲート・ブリッジに次ぐ自殺の名所だと紹介。迷い込んだ森で悪霊などと戦いながら脱出を目指す人気ゲーム『The Forest』も、青木ヶ原樹海をモデルにしていると指摘する。こうした記事からは、海外でもホラーやファンタジー好きの間では、青木ヶ原の知名度は既に高いことが伺える。
前評判が芳しくない『追憶の森』だが、来シーズンの「樹海探検」の訪問者数が、一般の評価のバロメーターになるかもしれない。
(内村浩介)
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