「風前の灯火」な海外文学を救うかもしれない、たった1誌のメルマガ

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日本から海外文学の灯が消える?

普段なにげなく、日本人作家の書いた小説を読んでいると、ふと「後に文豪と言われるような作家は、過去にどのような本を読んでいたのだろうか」なんてことを思ったことありませんか? え、ない? いや、ないと話が先に進みませんので、あるということにします。

著名な作家たちは、誰の作品に影響を受けたのか……もう気になって気になって仕方ないので、さっそく図書館へ…ではなくWikipediaで調べてみると、次のようなことが分かりました。 

日本人で最もノーベル文学賞に近いと言われる村上春樹は高校時代にカフカを愛読し、国語教師である親に反発して外国文学を読んでいた。日本人として二人目のノーベル文学賞受賞者である大江健三郎は、英米文学からフランス文学まで幅広く愛読していたことで知られている。また、日本人初のノーベル文学賞作家である川端康成は、もともと英文学専攻で大学時代にはドストエフスキーを愛読していた。etc……

海外文学、スゲー!

ということは、多くの日本人作家最も影響を受けた作品はみな海外文学なんじゃないだろうか?

作家を志している人、あるいは本好きの人は今もみな海外文学ばかり読んでいるんじゃなかろうか?

そう思っていろいろ調べてみると、期待を大きく裏切るツイートを発見。

Oh、なんてこった!(ポパイの声で)

このままじゃ、日本国内から海外文学の灯が消えてしまう。いったい誰が、多くの作家(だけでなく多くの国民)に愛されてきた海外文学を守ることができるのだろうか?

そこで、MAG2NEWSの運営元である弊社まぐまぐは、取り扱っている20,000誌以上あるメルマガの中から「海外文学を守ってくれそうなメルマガの一つや二つくらいあってもよさそうだ」と探していたところ、とある1誌にたどり着きました。 

海外書籍を多く取り扱う出版社のメルマガ「月刊白水社」って何ぞや!?

それがこのメルマガ月刊白水社」です。

バックナンバーを読んで、メルマガで紹介されていたズラリと並ぶ作家名に目を疑いました。

スティーヴン・ミルハウザー、ロベルト・ボラーニョ、パトリック・モディアノ、マルグリット・ユルスナール、マルカム・ラウリー……。

有名な海外作家ばかりじゃないか!(知らなくてネットで調べたけど)

ええ、私は直感しましたよ、直感しましたとも。「この出版社が絶対に海外文学を守ってくれる」と。 

そして、読者が少なくなった海外文学を専門に扱っている出版社にもかかわらず、白水社さんは今年でなんと創立100周年

私の会社(まぐまぐ)よりもはるかに老舗です。

では、海外文学だけでどうやって100年間も続けることができたのか? そんなことができるのか! なぜだ、教えてほしい!

ホワイ!? ジャパニーズ ピーポー!

と意味不明な雄叫びをあげながら、MAG2NEWSは白水社さんにメールで取材を申し込むことにしました。

すると、白水社さんからこんなメールが返ってきたのです。

>この度は『まぐまぐニュース』にて弊社100周年とメルマガについて

>取り上げていただけるとのこと、誠にありがとうございます!

>弊社にご関心を持っていただけて、とてもうれしいです。 

最初は「なんなんなんだ?」と断られるのではないかとビクビクしていたのですが…なんともありがたいメール!

白水社さんの本社は、創業100年の老舗にふさわしく、本の聖地神保町』にあります。

取材前の腹ごしらえにと寄った行列ができるラーメン屋さんで麺を、いや緊張をほぐし、海外文学で100年間も続けることができた秘訣をすすりに、いや探りに、恥ずかしながら突撃取材してまいりました!

100年間続いたワケ その1 文豪も愛読!? 多くの著名人に読まれてきた白水社の本

白水社さんに着くやいなや、メルマガ担当者の方から、二つの冊子を渡されました。

『創立百周年記念冊子 白水社クラシックス 一〇〇年のなかの一〇冊』

白水社一世紀を生きる

ズシーン。な、なんという堅苦しいタイトル。 

重くなった気持ちを抑えつつ『創立百周年記念冊子』をおそるおそるめくると、1ページ目に村上春樹氏訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が掲載されておりました。そう、『ライ麦畑でつかまえて』っていう邦題で有名なアレです。

私は、またも直感しました。「本が売れるためには、話題性が重要なのだ」と。例えば村上春樹が訳した海外文学、という話題性が。

今でもキョンキョンこと小泉今日子が書評で取り上げた本が売れたりしているように、やはり著名人や文豪の影響力は大きいと感じました。

この直感を信じたMAG2NEWS編集部は、白水社の書籍がどれだけたくさんの文豪に愛されてきたか調査してみました。

 

・芥川龍之介が愛した本 ……ルナアル『にんじん』

芥川龍之介と谷崎潤一郎が喧嘩をしたというエピソードをご存じでしょうか?

喧嘩といっても、直接会って喧嘩をしたわけではありません。それは、文芸誌上で『文学は○○だ!』という主張をぶつけあうというものでした。大御所の文豪同士ですから、各々の執筆スタイルはかなり異なります。谷崎潤一郎は、「ストーリーが重要なんだ」と主張し、芥川龍之介は「芸術性が重要なんだ」と主張するという論争でした。

その中で、芥川龍之介が思う真の文学を書く作品の一例が、ジュール・ルナアルの代表作『にんじん』。これは白水社さんのロングセラー小説の一つです。

 

・村上春樹が愛した本 ……J.D.サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』

「あなたって何かこう不思議なしゃべり方するわねえ、……あの『ライ麦』の男の子の真似しているわけじゃないわよね」。春樹氏の『ノルウェイの森』の中で、レイコが主人公に言ったセリフです。

『ライ麦』の男の子とは、主人公ホールデン・コールフィールドのことを指します。この作品は、成績が悪く、退学処分になってしまった主人公ホールデンが、数日間かけて家に帰るというストーリー。

春樹氏は、自身の作品に登場させるほど『ライ麦』に対する思い入れが強く、さらに『キャッチャー・イン・ザ・ライ』という新訳まで手がけました。

 

・大江健三郎が愛した本 ……マルカム・ラウリー『火山の下』

大江健三郎の作品『なつかしい年への手紙』の中に出てくるギー兄さんは、『火山の下』についての研究者として登場します。大江健三郎もかなりの海外文学マニアなので、「彼がおすすめするなら絶対に名著」と言えるのではないでしょうか。この作品は、酔っ払いの主人公がメキシコの地で元カノと過ごす一日を描いた話。周りのみんなが心配するほど酒を飲んでしまう主人公が、たまにかわいく思えてきます。

 

・小川洋子が愛した本 ……デボラ・ソロモン『ジョゼフ・コーネル — 箱の中のユートピア』

小川洋子の作品『ことり』は、この本にかなりインスパイアされたそうで、本人曰く「盗作になるのでは」と冷や冷やしたとのことです。内容は、ジョセフ・コーネルというアメリカを代表する芸術家の自伝。著者が美術評論家のためか、芸術家としての彼を生き生きと描いていて好感が持てます。

100年続いたワケ その2 読者とのコミュニケーションが充実している

今ではセミナーやワークショップなど、読者とコミュニケーションの場を設けている書店は多いのですが、白水社さんは出版社でありながら読者との連携に力を入れているようです。

『月刊白水社』のメルマガ担当者さんによると、「メルマガを配信すると、いつもSNS上に新刊の情報が拡散されるんです。それを見ると、ああ役に立っているんだなぁという実感が毎回あるので、メルマガを長く続けてこれたのだと思いますね」とのこと。新刊が出たらメルマガで告知、その情報をSNSで拡散してもらえるって、メルマガの特性をよく生かしてくれていて素敵ですね。今でも出版社と読者が密につながっていることを実感できました。

さて、白水社さんから頂いたもう一冊の本、『白水社一世紀を生きる』を何気なくめくっていたら、1970年あたりの項目に気になる記述を発見!!

ブック戦争」……(!?)。

ブブブ、ブック戦争って、あの映画やドラマにもなった『図書〇戦争』みたいなものか? などと期待に胸をふくらませながら読んでみると、

版元取次店書店三者の間で繰り広げられた正味卸値引き下げをめぐる係争である”と書かれていました。

うーむ、なんだか解りづらい…。

わかりづらいのでwikipediaの「書店ストライキ」で調べると、

書籍流通マージンの改定をめぐり、1972年(昭和47年)9月1日から12日間におよび書店店頭で一部出版社の書籍・雑誌の取扱を停止した、日本の出版史上初のストライキ。「ブック戦争」とも呼ばれる。(Wikipedia)

なんだか余計にわからなくなりました……。

それでも一所懸命なんとか読み進めてみると、書店の業界団体出版社の業界団体が「出版物の書店報酬額を巡って対立したということのようです。

書店側が提示した取り分の要求に対して、出版社側がこれを事実上、拒否。それにより、書店側がストライキを起こしたということです。その結果、どうなったのかというと、講談社小学館などの一部雑誌書籍取引が停止白水社さんの出版物にいたっては、全商品が対象となったのです。つまり、白水社さんの本は書店から一斉に消えてなくなりました。

白水社さん大ピンチ!

書店で本が買えないなら、どこで買えばいいんだ!

アマゾンや電子書籍もない時代です。書店で本を売らせてもらえないという、出版社にとって生命線を断たれてしまったも同然の「事件」で、白水社さんの経営急激に傾きました

しかし、「火事場の馬鹿力」というのでしょうか、ここで白水社さんはあきらめませんでした。今のメルマガの原点というべき方法でこのピンチを切り抜けます。それは…「読者宛に手紙を送ること」。

その手紙の中身とは、

白水社の本は直接販売しております。本がほしい方は出版社に直接お問い合わせください

といったものでした。

その結果、何とか無事に「ブック戦争」が収束するまで持ちこたえたのですが、驚くべきは「直販でも買いたい」という読者がたくさんいたことです。手紙でやり取りをして購入するのは、立ち読みもせずに購入するのと同じ。読者はそれほど白水社という出版社に厚い信頼を置いていたということなのでしょう。

100年続いたワケ その3 本屋さんとの連帯が熱い!

「ブック戦争」であれだけ書店との間で痛い目に遭いながらも、現在では全国の書店で様々なフェアを開催している白水社さん。注目すべきは創業100周年復刊フェア! なんと、入手困難でプレミアがついてしまった本の復刊本が販売されているのです。

例えば、ポール・セルー/ブルース・チャドウィン『パタゴニア ふたたび』は復刊前、古本市場で4000円以上の価値が付けられていましたが、それが今ではたったの1836円で購入可能なのです。もしかしたら、今このフェアの復刊本ものちのち数倍の値段で売れるのではないでしょうか(おっと、ついセドリの皮算用を…いかんいかん)。

また、日本を代表する大型書店、紀伊国屋書店新宿本店でも以前、白水社の発行するフランス語学習とフランス語圏文化に関する唯一の月刊誌『ふらんす』に関する、『ふらんすフェア』と題したイベントが開催されました。いったい、どのようなイベントだったのか、このフェアを担当した紀伊国屋書店の大矢さんにお話をお聞きしました。

2015年が白水社100周年、雑誌『ふらんす』が創刊90周年だったことについては、白水社の社員の方から3~4月にお聞きしていました。それをうかがった時は、まだ当時の出版業界で話題になっていなかった時期でした。

しかし、すぐにでも紀伊國屋書店新宿本店でフェアに取りかからねばと思ったものです。理由の一つに、新宿で開催される一大イベント、「フランスウィーク」が迫っていたこともありました。フランス文化全体に興味のある方々へ白水社を訴求できればと考えたのです。二つめに、これまで多くの読書人に献身されてきた白水社さんへの恩返しができれば、という思いもありました。先陣をきって100周年メモリアルフェアに取り組んで、実売を上げ話題作りを行って、出版業界全体に波及させたかった。それが紀伊國屋新宿本店の努めだとも考えたのです。フェアと同時に、パネル展「雑誌『ふらんす』90年と現在」を店内で開催したのですが、多くのお客様からご好評いただき、展示期間を延長させていただきました。いま、多くの書店で白水社の記念フェアを開いていることには、感慨を隠しきれません。読者のみなさまに白水社の出版物が行き渡る、そんな契機に寄与できたなら幸いです。

創立当時から100年、ほとんどぶれることなく出版業を続けてきたことについては、畏怖に限りなく近い敬意を抱くほかありません。背負うブランドの厚みと重みは大変なものかと思いますが、これからも白水社さんには、200年、300年、その先々も、フランス文化のよき紹介者として多くの良書を世に出し続けていただけることを信じてやみません。

日本が誇る大型書店の仕入れ担当者さんに「畏怖に限りなく近い敬意」と言わしめる白水社。大矢さんのおっしゃるように多くの読者の手に白水社の出版物が行き渡ることを願ってやみません。

白水社さん、やっぱりすごい……。海外文学を救ってくれるのは、やはりここしかない

そして、このメルマガが海外文学の救世主となる……そんなことを実感できた取材でした。

私たち株式会社まぐまぐも100年続くサービスを目指してがんばろう! と元気をもらいました。

白水社さん、ありがとうございました。そして、これからもどうか海外文学の灯を守ってください!

取材・文/MAG2NEWS編集部

 

《白水社さん情報》

100周年記念復刊などについては→こちら

 

メルマガ『月刊白水社』

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