ISの「石油輸出」を断ち切る
以上のような事情があるので、トルコのシリアとの国境に対する管理はまことに緩い。もちろん国境線が長く、地形も複雑で、なおかつその両側ともクルド人地域が多くて支配が行き届かないという難しさはあるけれども、それにしても、ISと世界とのほとんど自由な行き来を許しているのはトルコ国境であって、テロリストの出入りも、物資や武器や資金の出入りも、すべてそこで行われている。ISの壊滅と戦闘員の全世界的拡散を止めるには、この国境を完全封鎖するしかない。
もちろんトルコ政府は公式には、国境警備に全力を挙げていると言ってはいるが、それを信じる者はいない。
とりわけ問題なのは、ISがイラク北部のモスルはじめ多数の油田を制圧して独自に原油を生産し、精製工場まで建設して製品を製造し、もちろん自家消費分はあるけれどもその大半を輸出し「1日200万ドル(約2億5,000万円)」とも言われる莫大な収入を得て、それを主要な資金源としていることである。
それをどうやって輸出しているのかと言えば、ISの南はシリア、イラク、西はイランで出口がないから、全量がトルコ経由と考えられているが、その事実を知りながら米国はじめ有志国は取り立てて問題視してこなかった。トルコの立場への遠慮、石油施設を完全破壊することで後々の復興が困難になるという配慮などからのことで、実際、米国は昨年9月以来の空爆で一貫して石油施設の破壊を避けてきていた。その優柔不断がISの増長をむしろ助けてきたのである。
それに対してロシアは、ISの最大の資金源である石油輸出を断ち切ることが肝心だと考え、11月13日のパリ惨劇の直後から、石油施設やタンクローリーによる陸上輸送ルートに遠慮会釈ない爆撃を加え、またそのことを国際的にアピールし始めた。
▼プーチンは11月16日、テロ対策が中心議題となったトルコ=アンタルヤでのG-20首脳会議後の会見で「ISに資金提供している国がG-20加盟国を含めて40カ国以上に上る」として、油田からトルコ国境へと向かうタンクローリーの車列を映した偵察衛星画像を首脳会議の席上で公開したことを明らかにした。トルコはもちろんG-20の一員であり、エルドアン大統領はこのサミットのホスト役。プーチンの爆弾発言に震え上がったにちがいない。
▼プーチンは、ロシア機撃墜の2日後の26日には、オランド仏大統領との会談後の会見で初めてトルコを名指しして「略奪された石油を積んだ車列が、昼夜を問わず、シリアから国境を越えてトルコに入っており、まるで動く石油パイプラインのようだ。これをトルコ政府が知らないとは信じられない」と非難した。
▼またロシアのラブロフ外相は26日、モスクワでの会見で「撃墜が故意ではなかったとの説明に、われわれは深刻な疑いを抱いており、計画された挑発行為ではないかと考えている。撃墜はロシア軍機がタンクローリーや油田を極めて効果的に爆撃し始めた後で起きた。この事件によってISの違法な石油取引の状況に新たな光が当たるようになった」と指摘した。
▼さらにシリアのムアレム外相は27日、訪問先のモスクワで「トルコがロシア軍機を撃墜したのは、エルドアン氏の娘婿の石油利権を守るためだ」と語り、これを受けてロシアのペスコフ大統領報道官も28日の国営テレビ番組の中で「エルドアン氏の娘婿のベラト・アルバイラク=エネルギー相がISの石油利権に関わっているとの一定の情報がある」と述べた。
もちろんエルドアンはISの石油輸出への関与を激しく否定して「ロシアがもしそれを証明するなら大統領を辞任する」と語り、さらに「ISの石油を買っているのはアサド政権と、それを支援する者だ」として、シリアとロシアの二重国籍を持つシリア人実業家の存在を示唆した。トルコ政府が直接にISの石油輸出に関与しているとは考えにくいが、娘婿をはじめとした政府高官がトルコのマフィア勢力や国際密売組織と手を結んでそこから賄賂を受け取っているというのは(この国では)大いにありうることであるし、そうでないとしても同政府が密売ルートを黙認してきたことは疑いのない事実である。
こうしたロシアの暴露をさすがに米国も無視することが出来なくなって、23日ペンタゴンは、シリア北東部のISの石油精製工場付近でタンクローリー238台を空爆で破壊したと発表した。ロシアと米国が共にISの石油密売ルート潰しに向かうというこの事態に、エルドアンは周章狼狽し、その翌日にロシア機の撃墜を命じたと思われる。ロシアを悪者に仕立て「NATOで結束してロシアに当たるべきだ」とアピールすることで、石油密売ルート問題から目を逸らさせようという幼稚な戦術で、もちろんそれは失敗した。