「ご近所にも秘境あり。ご町内にも四次元あり」を合言葉に、すべての散歩愛好家に捧げる街歩きメールマガジン「まちめぐ!」。このメルマガを執筆している京都在住の放送作家・吉村智樹さんが今回訪れたのは、奈良県の奈良駅からJR桜井線に乗ってひとつ目の「京終(きょうばて)」駅。ここから歩いて国道169号線を天理方面へ南下する途中に、のどかな景色を吹き飛ばすような、驚異のお店に行き着いたようです。その名も「ロックンロールたこ焼き」。名前からして気になりますが、いったいどんなお店だったんでしょうか……。
「人生一度きり 不可能をぶちのめせっ」ロックンロールたこ焼きの店
こ、この人は、この店は、いったい……。
のどかな風景が続く国道169号線を天理方面へ向かって歩いていると突如、得体のしれないパワーがみなぎる建物に出くわす。
淡い色あいが続く奈良の街に突如現れる赤い稲妻。
突然眼前に迫りくる謎の文字情報群にたじろぐばかり。
ベースとなっている色は、奈良ではまず見ることはないパッショネイトな赤。
そして大きく書きだされたキャッチコピーの数々が、どれひとつとして素通りを許さない。
「大丈夫です! おいしいふつうのたこ焼き店で~す!」
「ROCK’N たこ焼き ROLL!」
「ヤンキー! ファンキー! 焼きそば」
「さぁ~勇氣をもってお気軽にお入り下さい!」
たこ焼きのキャッチコピーで初めて見た「大丈夫です!」。
「ROCK’N ROLL!」って、なにが? たこ焼きが?
「たこ焼きよりうまい!」。
結局おすすめはどれなんだろう。
知らない人からいきなり「GOOD LUCK!」。
どうやらここ『フトマル』は、ひと目でそうは見えないが、たこ焼き屋さんのようだ。
しかし「ROCK’N ROLL!」と「たこ焼き」の関係は?
残念ながらぼくにはたこ焼きという食べ物にロックンなイメージがない。
焼く動作には、かすかにロール的な行動はあるけれど。
そしてなにより気になるのは、看板にBIGサイズで登場する、赤いジャケットを袖七分に着こなしリーゼントをキメた、完全無欠にロックンローラースタイルな、サムズアップポーズの謎メンの写真。
この方はいったい、どなた?
ぶっちゃけ「入りづらい……」と感じたが、飲食店のコピ―としてよそでは見たことがない「大丈夫です!」の言葉が、ぼくに「ドアを開けろ」と背中を押す。
おそるおそるなかへ入ると、おお(感嘆)。
そこもまた、たこ焼きの店の固定概念をくつがえす空間だった。
たこ焼き屋さんなのになぜかステージが。
摩天楼はタコ色に。
「人生一度きり 不可能をぶちのめせっ~!」
店内にはいたるところに、たこ焼きなみにアツアツなメッセージが。
ステージがあり、壁にはまるで映画のラスト・シーンを思わせる摩天楼の写真が。
そして、外観だけではなく店内にも、ロックの初期衝動を感じずにはいられないパワフルな言葉たちが雨のハイウエイのごとく降りそそいでいた。
言わずもがなだが、この店は間違いなく、ただものではない。
そして、出会えた。
表の看板に大きく掲げられた、あでやかないでたちのあの人、ご本人に。
それは、自らたこ焼きを焼く『フトマル』オーナーシェフの中川太志さん。
表の看板のご本人が、こうしてたこ焼きをロックにロールしている。
「年齢は、自称26歳の46歳です。なんで26歳なのかですか? 6がふたつで『6ックン6ール!』という意味で」
なるほど! ならば自称26歳が実年齢にアップデートされるのは、どうやら66歳まで待たねばならないようだ。
ぼくはさっそく、いくつかのたこ焼きを注文した。
まずはオーソドックスなソース味の「ロックンたこ焼きロール」(6個360円)を。
すると中川さん、
「♪ロックンたこ焼きローオール~ ソースカモンマヨネーズ ロックンたこ焼きローオール~」
なんと、焼きたてを軽快な“テーマソング”つきで運んできてくれたではないか。
「開店当時から、商品それぞれにテーマソングをつけているんです。すでにやっていない商品の曲も合わせたら30はあるんじゃないかな。たとえばネギマ~ヨ(ネギ盛りたこ焼き 6個380円)なら『♪頭よくなれ 頭よくなる ロックンネギマヨロール~』というふうに。なかには冷奴で『♪やーっこー、ほーっとらんらんらん』なんて適当な替え歌もあります(笑)。なぜテーマソングをつけるのかですか? たこ焼き屋がお客さんと接することができるところって注文を訊くとき、運ぶとき、帰るときの3点しかないじゃないですか。その瞬間が、ぼくにとってはショータイムなんです。ただ焼いて、売って、それだけじゃ、さびしいじゃないですか」
中川さんにとって、たこ焼きを焼くこと、お客さんの元へ運ぶことは表現であり、ワン・ナイト・ショーだったのだ。
確かにアツアツのたこ焼きをはほはほ言いながら食べるときのあのライブ感は、ほかのフードでは味わえない。
では、いただきます。
ああ、これはうまい! 表面はからっとし、生地は柔らかいのにだらっと崩れず、皿というステージにしっかと立っているのが素晴らしい。
個人的には、本場と呼ばれる大阪のたこ焼きよりずっとおいしい。
「たこ焼きって簡単に作れそうで、実は難しいんですよ。よく街のかたすみにたこ焼き屋がオープンしても、3か月程度でつぶれるでしょう? あれは甘く考えて店を始めるからなんです。たこ焼きって、おいしくないと本当に誰も買わないんです。実はぼくも正直『たこ焼きくらいならやれるだろう』って軽い気持ちで始めようと思いました。でも、お客様からお金が取れる味には、なかなかならなかった。だから関西中の名店を食べ歩いて勉強しました。一か月以上、朝・昼・晩・夜中と、米の飯を絶ってずっとたこ焼きばかり食べました。しまいには、もういやで吐きたくなるほど。それに、たこ焼きってたとえ試作でもちょっとだけ焼くわけにはいかないんです。だから近所の人たちに味見をしてもらって。いろんな人たちを巻き込んで、やっと納得できる、冷めてもおいしい味にたどり着いたんです」
たこ焼きだけを一か月食べ続けるストイックな求道のすえに生まれたロックンたこ焼きロールは、開業から8年に渡りここ奈良の人々に愛され、アツい味のメッセージを送り続けている。
ネギ盛りだくさんたこ焼き「ネギマ~ヨ」。
「♪頭よくなれ~ 頭よくなる~ ロックンネギマヨロ~ル~」のテーマソング付き。
そして、さまざまな変わり種も、ここ『フトマル』の魅力だ。
ひとつは、むろんテーマソング付きの『あんかけブルース~』(8個550円)。
フライしたたこ焼きに甘辛いあんをかけ、ネギと糸切り唐辛子をトッピングした、オトナの味。
れんげでいただくのがこれまた珍しく、楽しい。
かりっかりの生地にだしの味が絶妙なアツアツのあんがかかり、もうあんタッチャブルなおいしさ。
「これは、よそにはないと思います。単なる揚げたこ焼きじゃなく、冷えたたこ焼きを水に漬けて使うのがコツ。冷えたたこ焼きを熱した油に入れると、水分と油分が瞬時に入れ替わって、香ばしい食感になるんです。水に漬けたたこ焼きを油に入れて大丈夫かですか? もちろん揚げるときは危険です。バーンッ!と爆発音がするほど油が跳ねるし、命がけで作っています。そしてこれにかけるあんも特製で、試作を重ねました。やっとできたのは、あんだけだと辛すぎるくらいの味。でもこのピリッとしたあんじゃないとおいしくならないんです」
あんかけたこ焼きの「♪あんかけブルース~」、これがまた抜群においしかった。
あんの甘みとピリ辛のせめぎあい、それが気合の入った熱いたこ焼きにまとわりつき、その食感は官能的ですらある。
コク深いうまさは、ビールだけではなく、ウイスキー・コークにも合いそうだ。
新作あんかけたこ焼き「あんかけブルース~」(8個入り 550円)ももちろん中川さんの絶唱つきだ。
新曲「あんかけブルース~」には途中、コーラスも入る構成。
夏期限定の「冷やしロックンたこ焼きカキ氷」も、よそではまず味わえない逸品。
たこ焼きにカキ氷。
そしてお手製のポン酢をかけて、クール酢にいただく。
情熱と冷静のあいだを交錯する未知の領域の美味。
では、いよいよもっとも知りたいことを訊こう。
そもそも、なぜ「ロックンロール」なのでしょうか。
「それはやっぱり、永ちゃん、矢沢永吉さんの影響ですね。小学生のときに『黒く塗りつぶせ』『鎖を引きちぎれ』を聴いて『なんていい曲なんだろう』と感動して、初めて矢沢さんの名を知ったんです。ぼくは『ザ・ベストテン』の世代で、それまでスターといえばジュリーや世良公則さんでした。ジュリーがパラシュートを背負って歌ったり、もう毎週テレビに釘付けですよ。そのザ・ベストテンのなかで、矢沢さんがランクインしたのに出演しなかったんです。ぼくはそれにビックリしてね。『歌番組に出たがらない歌手っているんだ!』って。ぼくはまだ子供でしたから、歌手はみんなテレビに出たい人たちだと思っていたんです。そうじゃなかったんですね。そしていっそう矢沢永吉さんに興味をいだきはじめた。先輩や友達の家へ遊びに行くと、お兄さんが矢沢永吉さんのアルバムを持っていたりする。ジャケットで星を吐きだしていて(4枚目のアルバム『ゴールドラッシュ』)それを見て『なんだこれは!』って驚いて。それからは、もう夢中ですよ。その憧れの想いが35年近く、今日まで変わらず続いているんです」
奈良県の生駒市出身の中川さんは、矢沢永吉に憧れる気持ちを胸に、14歳で上京。
オールディーズの演奏があるライブハウスに通うようになる。
「ぼくが矢沢さんを好きになったのはソロになってからなので、上の世代の方たちからよく『キャロル時代も知らないくせに永ちゃんを語るな』って怒られました。だから僕はそれからもちろんキャロルを聴き、矢沢さんのルーツであるビートルズも聴いたし、プレスリーやチャック・ベリーなどロックンロールが知りたくてライブハウスにも通いました。矢沢さんを通じてずいぶんたくさんの音楽に触れることができた。でもね、やっぱり最終的に“永ちゃん”に戻るんです」
学校を出たのち、中川さんは設営の仕事で全国を巡業する。
日本各地で働き、「北海道と青森、愛媛以外のすべての都道府県で働いた」ほど、トラヴェリンな日々を送った。
そして20代後半に独立し、看板屋さんをはじめることに。
実はこの看板屋さんは現在も継続しており、たこ焼き屋の開店時間までは、中川さんは看板職人として活動している。
奈良の街でよく見る看板も、実は中川さんの製作だったりする。
店外・店内のロックなスピリッツに溢れまくる看板や書き文字の数々は、すべて中川さんのお手製だというからおそれいる。
手描きの看板やプレートは常に入れ替えており、これまで人目に触れたものは「何百種類とある」のだそう(全部見たい!)。
「看板屋の開業当時はITバブルで、携帯電話のショップが街に次々とオープンし、仕事がひっきりなしに来ました。従業員も雇い、看板を製作する収入だけで自家用車が6台も持てたほど。でも看板の仕事は景気に左右されるんです。将来、看板だけでやっていくのは難しいだろうと思い、それで、『もうひとつ仕事を持とう』と考えました。それが、たこ焼きだったんです。しかも“日本で一番元気なたこ焼き屋”に。味の1位は無理でも、元気さならナンバー1になれるんじゃないかと。ロックとたこ焼きを組み合わせるコンセプトも、髪をリーゼントにし、赤いスーツを着てたこ焼きを焼くアイデアも開業前からすでに考えていました」
そんな『フトマル』には、幼い頃からいつもそばにあったロックへ愛がほとばしっている。
なによりそれを表しているのが、まず普通のたこ焼き屋にはない「ステージ」だ。
「ぼくはフトマルズというバンドを組んで、ロックンロールを歌っています。『人生一度きり 不可能ぶちのめせーッ!』という想いを伝えたくて。バンドメンバーは学校の先生 公務員、昆布屋の社長など職業はばらばら。みんな最初はお客さんだったんですよ。そもそも店でライブができるようにしたかったけれど、知識も予算もなかった。すると大工さんや電気が得意なお客さんが手伝ってくれた。『たこ焼きって、魂をこめて焼くと、こんなに人をつないでくれるのか』と思いましたね」
このステージではお客さんが弾き語りをし、ジャグラーやマジシャンが腕前を披露し、テレビ番組の収録が行われるなど、ライブハウスが少ない奈良で人々が才能を披露できる重要かつ貴重な場となっている。
このステージで、自らのバンドを率いて演奏することもある。
このステージはお客さんたちの表現の場所にもなっている。
この日はジャグラーの青年がワザを披露していた。
海なし県の奈良でも海を感じてもらおうと、夏は店頭に海の家を設ける。
冬は冬でロックンロールな雪だるまがお出迎え。
『フトマル』は、いつ行っても、新商品や企画、ディスプレイなど、どこかが必ず変わっている。
それは中川さんが挑戦者だからだろう。
海外レコーディングを先駆けた矢沢永吉のように。
そして、中川さんがいま新たに挑んでいるのが、牛スジカレーだ。
「ガス代が『いったいいくらになるんだろう』と心配になるほど、すじ肉を長時間とろっとろになるまで煮込んでいます。タマネギも、気が遠くなるほど炒めています。このカレーライスで全国展開することが次の目標なんです。よろしくワッケンロール!」
この秋からのニューカマーは高級食材を惜しげもなく使った牛スジカレーライス。
「フトマル牛スジカレー」(650円)
”ロックなたこ焼き屋のカレー”の矜持がツイストしたタコ足ウインナ-に表れている。
「京都から来られたんですか? いつか京都でもこのカレーを食べていただけますよ」と全国展開の夢を語る中川さんの表情はチャレンジする喜びに溢れていた。
『フトマル』のフードの味はどれもとてもおいしいうえに、食べる者に挑んでくるのを感じる。
食べる者に「アー・ユー・ハッピー?」と問うてくる、そんな味なのだ。
店の外に出ると、燃えるように見事な夕陽が広がるマジックアワー。
肌寒い季節になったが、身体はほてりを感じ、タオルを首からかけたいほど。
きっとたこ焼きに込められた熱いロックスピリッツを胃袋で受け取ったからだろう。
店名 フトマル
住所 奈良県奈良市横井1丁目711-12
アクセス 国道169線(ひゃっく ロックGO!線)
電話 0742‐87‐0776
営業時間 月曜日~金曜日 16:00~22:00
土曜日&日曜日 11:00~20:00
定休日 木
URL http://ameblo.jp/futo-maru/
放送作家の吉村智樹とイラストレーターのせろりあんが散歩や小旅行で出会った心くすぐられるスポットやユニークな活動をしている人物を紹介する旅情あふれるメールマガジン。画像満載でお届けします。
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