日本の国債は「60年償還ルール」に基づいて償還されていくので、均してみれば「前倒し債」の発行増自体が国債発行残高を増やすわけではありません。
しかし、国債発行残高が838兆円(長期債務を加えると1,062兆円;2016年度末政府予想)に達し、国債だけで国民1人当たり約664万円の借金を抱えていることが繰り返し報じられるなかでの「前倒し債の発行増」は、一時的にせよ国民一人あたりの借金額を膨らませる効果を発揮するものです。(『近藤駿介~金融市場を通して見える世界』)
前倒し債の発行増額は、国の借金を大きく見せたい財務省の策略?
財務省も認識、異次元緩和による「市場のひずみ」
「長引く金融緩和で生まれている市場のひずみに対応する」ということは、異次元の金融緩和が「市場のひずみ」を生み出していることを財務省が認めているということでもあります。
財務省は次年度に発行する予定の国債を1年早く発行する「前倒し債」の上限額を、2016年度は48兆円に引き上げる。15年度の当初計画に比べ16兆円増え、過去最高額となる。日銀の異次元緩和で市場に出回る国債が少なくなっている。需給の逼迫で金利が乱高下するのを防ぐため、需要に応じてすばやく追加発行できる態勢を整える。長引く金融緩和で生まれている市場のひずみに対応する。
「市場のひずみ」を生み出している原因が日銀による異次元の金融緩和であるのなら、「市場のひずみ」を修正するためには異次元の金融緩和を止めるのが最善策だと考えるのが自然かと思いますが、そうはならないところが日本の金融政策の不思議なところです。
日銀の金融政策の客観的検証が困難に
安倍政権と日銀が一体となって掲げた「2%の物価安定目標」という異次元金融緩和の目標達成時期は、MRJと同様に何回も先延ばしされ、達成時期のみならず、その目標自体に疑問符が投掛けられ始めています。
目標も効果も怪しい異次元金融緩和が生み出した「市場のひずみ」を、「前倒し債」の発行上限を引き上げることで修正しようという動きの裏には、国民に隠されたストーリーが練られているのではないかと疑ってしまいます。
仮に、仮に、アベノミクスの効果で経済が好転し、近い将来インフレの時代が訪れるのだとしたら、歴史的低金利のこの時期に将来必要な資金を確保しておくという、「前倒し債」の発行増額自体は、ファイナンス的には理に叶った部分があります。
しかし、「前倒し債発行増」によって「市場のひずみ」を修正するというのは、日銀の金融政策に対する客観的評価を見え難くするものでもあり、日銀の金融政策の客観的検証をし辛くするものです。
国の借金である国債の発行減は財政の改善につながるが、同省内には「発行が急減すれば投資家が計画的に買いづらくなり、市場を不安定にさせる」との懸念があり、17年度の発行分を16年度に大量に回せるようにすべきだと判断した。
財務省は「前倒し債」の発行を増やす理由として、「市場の安定化」を挙げているようです。
しかし、市場で計画的に国債を購入しようとする投資家が存在する中で国債発行が減ったとしたら、常識的には国債の価格が上昇(金利が低下)するはずですから、財務省が懸念する「市場が不安定化」するリスクはいうほど高くないはずです。
「市場の不安定化」は、一般的に「計画的に国債を購入する投資家」が減っていくことによって起こるもので、国債の流通量が減るから起きるものではないからです。
つまり、「市場の不安定化」は供給側の問題でなく、需要側の問題ということです。
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