日本型政治的機能不全は「アメリカの意向に奉仕する」
しかしこうなると、わが国については、いっそう深刻な政治的機能不全を想定しなければなりません。名付けて「日本型政治的機能不全」。言葉の定義は以下の通り。
この国の政治システムが、もっぱらそういうアメリカの意向に奉仕し、自国民の利益を無視するようになったことの婉曲な言い方。
両者の違いはお分かりですね。そうです。
アメリカの政治的機能不全が「自国民の一部に集中的に奉仕し、他の国民を無視する」ものなのに対し、日本型政治的機能不全は「外国の意向に優先的に奉仕し、自国民を無視する」ものなのです。
いや、自国政府の機能不全によって利益を得る日本人が皆無とは言いませんよ。だとしてもそれは、「健全な一般論は、例外の存在を前提として成り立つ」(エドマンド・バーク)ということで片のつく話でしょう。
そして本家のアメリカ同様、日本型政治的機能不全も、TPPにおいて浮き彫りとなりました。次の記事をどうぞ。
安倍晋三首相は(10月)6日午前、首相官邸で記者会見を開き、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉が大筋合意したことについて「日本と米国がリードして、アジア太平洋に自由と繁栄の海を築き上げるTPPが大筋合意した」と述べた。
また「世界経済の4割近くを占める広大な経済圏が生まれる」と強調。その上で「その中心に日本が参加する。TPPはまさに国家100年の計だ」と語った。
その前夜も、総理は記者団にこう語っています。
TPPは、価値観を共有する国々が自由で公正な経済圏をつくっていく国家百年の計であります。政権発足後、最初の日米首脳会談において交渉参加の決断を致しました。以来、2年半にわたって、粘り強い交渉を続けてきた結果、妥結に至ったことは、日本のみならず、アジア太平洋の未来にとって大きな成果であったと思います。
支離滅裂な安倍総理の発言を整理する
私の記憶が正しければ、政権発足以前、自民党はTPP参加に慎重だったはずですが、これは脇に置きましょう。総理発言のポイントは2つです。
- 日本にとって、TPPは国家百年の計である
- TPPの妥結は、日本とアメリカがリードすることにより達成された
大願成就、めでたしめでたし!……という感じですが、ここでお立ち会い。
施光恒さんや、三橋貴明さんも指摘されている通り、TPPには未だ日本語全訳が存在しません。もっと言えば、同条約の正文は英語、スペイン語、フランス語と定められており、日本語が含まれていないのです。
※上級国民のための安倍政治、上級国民のためのTPP=九州大学准教授・施光恒
国家百年の計は、非常に重要な事柄のはず。当たり前の話ですね。しかもTPPの妥結にあたり、日本はアメリカと並ぶリーダーシップを発揮した(らしい)。付記するならば参加各国のうち、わが国の経済規模はアメリカについで2番目となります。
にもかかわらず、日本語は正文に含まれていない。交渉に際し、外務省はこの点を要求すらしなかったという話まであります。そして公式の日本語全訳も、未だ発表されていない。
日本政府は「自国を尊重するように求めない」リーダシップを発揮した
すなわち日本政府は、
- 自国のあり方について、長期にわたって大きな影響を及ぼすと認識している条約をめぐり、
- 自国を十分に尊重するよう求めず、
- 自国民が条約の内容を理解しやすくするための努力も見せないまま、
- 妥結に向けて、アメリカと並ぶリーダーシップを発揮した
ことになるのです!
くだんの姿勢は、アメリカの意向と自国民の利益、どちらを優先させたものでしょうか?先に紹介した総理発言に「政権発足後、最初の日米首脳会談において交渉参加の決断を致しました」という箇所があることも、関連して見過ごせません。
さしずめ「国家百年の機能不全」。個人的にはこの問題だけを取っても、TPPの批准にはできるかぎり慎重であるべきだと思いますね。なにせ国家百年の計なんですから。
『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2015/12/2号より
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