10月25日にアップルの決済サービス「アップルペイ」がスタートして1カ月がたちました。そこで今回は、アップルペイがクレジット業界に与える影響や個々のクレジットカードがどんな対応をしているかといったことについて考えてみたいと思います。(『達人岩田昭男のクレジットカード駆け込み道場』岩田昭男)
※本記事は、『達人岩田昭男のクレジットカード駆け込み道場』2016年12月1日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:岩田昭男(いわたあきお)
消費生活評論家。1952年生まれ。早稲田大学卒業。月刊誌記者などを経て独立。クレジットカード研究歴30年。電子マネー、デビットカード、共通ポイントなどにも詳しい。著書に「Suica一人勝ちの秘密」「信用力格差社会」「O2Oの衝撃」など。
業界の盟主がチェンジ。最後に生き残るクレジットカードはどれだ?
日本のカード業界を揺るがす黒船
あるクレジットカード会社の幹部は、「アップルの発表があってから混乱状態が続いていたのですが、やっとここにきて少し嵐が収まってきたというところでしょうか」と話しています。
この話からわかるように、アップルペイの参入は、日本のクレジット業界を揺るがす、まさに黒船だったといえます。
具体的に何が変わるのかといえば、ひとつは、ツール、あるいはデバイスといっていいかもしれません。決済の手段がプラスチックカードからスマホ、すなわちiPhoneに変わったことです。それによってクレジットカード会社は大きな影響を受けるし、利用者もこれまでとは異なる使い方を余儀なくされます。
もうひとつは、ガラパゴスといわれていた非接触型ICカードの通信規格「フェリカ」がiPhoneに載ることによって、Suicaが主役として表舞台に躍り出たことです。
こうしたことが、クレジットカード業界全体およびクレジットカード会社の今後の戦略に大きな影響を与えるのは必至です。
そして、結論を先にいってしまえば、国際ブランド・VISAの一強体制が崩れるという大きな変化をもたらすことになります。
アップルの本音はSuicaファースト
まずクローズアップされるのは、アップルとSuicaの関係です。現在のアップルにとって日本の市場はいわばドル箱です。世界的に販売が落ち込んでいるiPhoneですが、日本だけは例外です。
アップルは好調を維持している日本市場に照準を合わせて、アップルペイにSuicaを載せたサービスを始めたわけです。
次のステップとして、順次、楽天Edy(エディ)、nanaco(ナナコ)、WAON(ワオン)といった電子マネーを入れていき、紐づけするクレジットカードもどんどん増やしていく、という戦略があります。
しかし、アップルがそれを実行するかというと、どうやらそうではないようです。
これは私の推測ですが、そういうかたちではなかなかうまく進んでいかないのではないかと思います。むしろSuica第一主義、Suicaファーストというかたちで進む可能性が非常に高いのではないかと考えています。
日本ではSuicaがいちばん利用されているモバイルの決済手段であり、電車の乗車券でもあるわけです。つまりわれわれの日常生活に欠かせないものになっています。
アップルは、そのSuicaとチャージするときに必要なクレジットカード=ビューカードを別格のものとして位置づけているフシがあります。
暴論をいってしまえば、アップルとしてはiPhoneでSuicaを扱えるようになれば、それで初期の目的は達成したということです。エディやナナコなどのほかの電子マネーはいってみればおまけのようなものです。
ついでにいうと、iDとQPと紐づけて使うクレジットカードも、おまけのようなものかもしれません。
考えてみれば、これはアップルのいつものやり方です。
どういうことかというと、ある計画を実行に移す際に、とりあえずは全方位で取り組む構えは見せますが、実際は、やりやすいところ、リスクの少ないところから手をつけていき、試行錯誤を繰り返しながら、絵に描いたもの(事業の全体像)をきれいにリアライズ(遂行)するという方法です。計画の遂行が難しいと判断すれば、躊躇なく撤退します。
アップルペイにSuicaを載せるというのはいま述べた試行錯誤の初期段階であり、ひとつの実験ととらえることができます。当面は、Suicaを前面に打ち出し、クレジットカードについてはiDとクイックペイを使って対応するということです。
ただし、VISAやマスターなどの国際ブランドに比べて、こうしたクレジットカードが使える店舗は圧倒的に少ないので、おまけといっては悪いかもしれませんが、それほど力を入れてはいない。
あくまでSuicaが第一であり、クレジットカードも二番手ということです。それでもクレジットカード業界にとって影響は少なくありません。