浜田宏一内閣官房参与に「目から鱗」と言わしめたシムズ理論。日本はこれをご都合主義で活用しようとしていますが、その実態は、日本国民にとって受け入れがたい理論です。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2017年3月22日号の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
シムズ理論の「良いところ取り」が、日本経済を窮地に追い込む
浜田宏一氏も「目から鱗」シムズ理論の正体とは?
安倍総理の経済アドバイザーを務める浜田宏一内閣官房参与(米エール大学名誉教授)。彼をして「目から鱗」と言わしめたのが、いわゆる「シムズ理論」です。これは2011年にノーベル経済学賞を受賞した米プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授の「物価水準の財政理論」を言います。
これはざっくり言えば、物価目標を達成するには金融政策では限界があるとして、財政支出を拡大し、増税は先送りして、国民に「政府は債務を返済できない」と不安がらせ、返済しきれない分を物価上昇で穴埋めする、という考え方です。つまり、政府の無責任によって国の信用を低下させ、通貨価値を下落させることで物価を押し上げようというものです。
これがなぜ「目から鱗」なのか理解に苦しみますが、早い話がアフリカの例えばジンバブエのように、政府は財政赤字を出しても、その債務返済ができないために、誰もその国の通貨を信用せず、持ちたがらず、従って天文学的なインフレが生じる状況を先進国の日本でも再現せよ、と言っているようなものです。インフレになれば、これを抑える引き締め手段はあるから大丈夫と言います。
先進国の間ではすでに財政による成長支援、インフレ率引き上げが採用されつつあり、その流れの中にあって、日本も積極財政に転換しました。そこへこの「シムズ理論」が入ってきたために、政府は公然と「2020年度もプライマリーバランスは均衡せず、8兆円以上の赤字が残る」と言ってはばかりません。
国民を不安にさせるのが「シムズ理論」のミソ
この「シムズ理論」の核心は、政府の「いい加減さ」にあり、国債も全部は償還できない、財政赤字を増税などで穴埋めもしない、と言って国民を不安に陥れることにあります。そして2017年度予算が通りました。歳出が97兆4500億円、税収は57兆7100億円で、前年に比べて税収が1000億円増加する一方、歳出は7000億円増加し、「いい加減さ」は見せました。
ところが、この2017年度予算に対して、財務省幹部は「管理された財政拡張」つまり、歳出増大によって借金は増えるが、まだ財政当局のコントロール下にある、と言っています。これは、ある意味では「シムズ理論」の「邪魔」になります。国民に不安にさせるのが「シムズ理論」のミソですが、当局の管理下にあると説明しては、いずれ赤字削減策がとられると期待させてしまいます。
そうなると、将来の増税、歳出削減などを国民が予想するので、結果的にデフレになる、とシムズ教授自ら指摘します。日本はこれまでさんざん財政赤字を拡大し、世界の主要国の間でも最もGDP比で債務残高が大きな国となりました。それでもインフレにならない理由として、シムズ教授は「いずれ増税で穴埋めされる」との期待がデフレをもたらしていると説明しているのです。
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