「相続」――サラリーマンであろうと、自営業者やフリーランスであろうと、親族がいるかぎり相続を避けて通ることはできません。そして、高額な相続税による納税破産や遺産配分をめぐる争いなど、相続にはトラブルがつきもので、いずれも家庭を崩壊させてしまう危険性をはらんでいます。
開業医のための相続指南書『相続破産を防ぐ医師一家の生前対策』
なぜ開業医の相続対策が急務なのか?
相続にまつわる問題は年々増加しており、2002年には年間約9万件だった家庭裁判所への相談件数は、2010年以降は年間17万件を越えています(『司法統計年報』より)。
特に、2015年からは最高税率の引き上げと控除の引き下げにより、相続税納税の対象者が増えました。トラブルを回避するため、多額の資産を持つ人の多くが、税理士に頼るなどして相続対策を急いでいます。
では、開業医の家庭はどうでしょうか。なんと恐ろしいことに、具体的な準備や対策をしている開業医はごく一部にとどまっています。多くの医師が「相続に対する危機感を持っていない」こともありますが、「日々の医業が忙しくて手が回らない」という問題も大きく関係しています。日夜忙しく働いている医師の方々にとっては、相続対策まで気が回らないのは当然でしょう。だからといって、この問題を野放しにしておくわけにもいきません。
医師の相続がスムーズにいかないと、病院を継続させることも困難になってしまいます。開業医にとって、相続対策をすることは医業に取り組むことの一部であると言えるのです。
しかし、開業医の相続は他の職業とは比べ物にならないほど複雑かつ難解です。というのも、「開業医」という職業は極めて特殊で、開業医の相続には、医業承継の問題が必ずセットで付いてまわるからです。
複雑な医師の相続――対策が遅れると破産・病院消滅の危機!
それでは、開業医の相続がいかに複雑かを見ていきましょう。ポイントは大きく4つあります。
ポイント1:キャッシュリッチほど相続税が高額に
一般に開業医は収入が高額です。厚生労働省の調査によれば、内科で開業した場合の平均年収は医療法人でも個人診療所でも約2500万円という結果がでています。これは会社員の約6倍にもなります。一方で、開業医は金融投資や資産運用、節税などにはあまり興味を持たない人が多いようです。そのため、保有している個人資産のうち、現預金が占める割合が高くなりがちです。相続財産の価値を算出する際、現金は金額がそのまま評価額になるため、キャッシュリッチほど相続税が高額になってしまいます。
ポイント2:病院の出資持分にも多額の税金がかかる
医療法人には「出資持分」という、株式会社でいうところの持ち株が存在します。これは医療法人の資産ですから、後継者にはできるだけ多くの持分を譲渡したいものです。しかし出資持分には、蓄えられた余剰金を配当金として外に出すことができないというルールがあるため、医療法人の内部留保は増える一方になります。結果的に出資持分の財産評価が高まり、相続するにしても、生前に贈与するにしても、多額の税金を支払わなければなりません。
ポイント3:遺産分割の偏りで争族が発生
医療法人が持つ資産は、医師である子に相続しなければ意味のないものも多く、例えば出資持分にしても、病院の設備や機器にしても、非医師の子がもらったところで使い道はありません。そのため、医師の子と非医師の子では、どうしても医師の子の遺産分割が多くなる傾向にあります。この「遺産分割の偏り」が、残された家族同士でのトラブルの原因となってしまうのです。
ポイント4;後継者不在で廃院するにもコストがかかる
「医師免許を持つもの」が相手でないと医業承継はできないという縛りが、医師の相続をさらに困難にしています。また、子が医師免許を持っていても、勤務医を希望している、診療科が異なるなどの理由で、自院を継いでくれないというケースもあります。現在、診療所の8~9割が後継者不在といわれるほど、後継者不足の問題は深刻な状況です。やむなく廃院するにしても、医療器具の処分や建物の取り壊しなど、遺族は多大なコストを負担しなければなりません。
多額の相続税を支払い破産、親族同士で遺産トラブル、後継ぎ不在で病院を廃業に追いやられる……そんな恐ろしい事態を回避するためには、どうしたらよいのでしょうか。
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