メルマガのタイトルが「今村守之の『にっぽん問題発言紀行』」と過激ですが、今村さんが問題発言をとりあげようと思ったきっかけは何なのですか?
これは本(『問題発言』新潮新書)にも書いたんですけども、日本の場合、問題発言をした人でも時間が経つとゾンビみたいに復活してきちゃうじゃないですか。「人の噂も七十五日」だとか「禊(みそぎ)」だとか「水に流す」だとか、そういうものを僕は“濾過装置”と呼んでいるんですけども、その濾過装置的なものが日本にはいっぱいある。特に政治の世界なんかだと、ある一定の期間が経てばまた戻ってくるというようなことが繰り返し行われてきているんですけど、自分の中に「それはおかしいんじゃないの」という違和感みたいなものが貯まってきたんです。
そこで、これまでの日本すべて、というのは難しいので、戦後、と言っても70年近くあるわけですけど、どんな人がどんな問題発言をして、それに対する反応はどうであったか、そしてその発言者はそのあとどういう道をたどっていったのかということを体系的に調べてみようと思ったんです。物申してやろう、ぶった切ってやろうというようなハイアングルな思いからではなく、一人の生活者としてそれを調べてみようと思ったのがきっかけですかね。
今村さんが思うところの「問題発言」の定義を教えてください。
あえて「失言」という言葉は避けています。失言というとその中に単なる言い間違いも入ってきちゃうわけですよね。言い間違いの中にも面白いものはあるんですけど、それに対してどうこう言うというのは揚げ足取りみたいなことになるし、大人げないなと思っているので。
自分が思う「問題発言」の定義というのは、まず一つは「内容的に問題発言」というもの、差別を含んだ発言です。欧米ではそういう言葉を使った政治家は完膚なきまでにやられますし、当分浮かび上がってこられません。スポーツ選手でも試合出場停止になったりします。でも、日本の場合はその場では糾弾されてもまた復活できてしまうという変な構造があって、政治家でも内閣改造を機にまた表舞台に出てこられたりしますよね。そういうところは、外国と比べてどうこうということだけではないんですけど、やっぱりおかしいなっていう気がしますね。
二つ目は、「マスコミが仕立て上げる問題発言」です。まったく問題がなかったとは言えないまでも、普通だったらサーっと流れていくような発言でも、マスコミが過剰に報道したり、もしくはある一つのバイアスがかかったような偏向的な報道をすることによって問題発言化してしまうようなものですね。
たとえば本でも取り上げましたけど、倖田來未さんの「羊水発言」、もちろん内容的にもまずいとは思うんですが、もともと深夜のラジオでの発言だったので、ほかのメディアが飛びつかなければほとんどの人が知ることはなかったでしょうし、聴取者が「倖田來未も変なこと言ってるなー」と思ったかもしれないけれど、アルバムの発売が延期されたり、テレビに出てきて泣きながら謝るなんていうふうな騒ぎにはならなかったと思うんですよ。こういったような、マスコミが仕立て上げるというパターンもありますね。
三つ目、これはまだ取り上げてないんですけど、「いい意味での問題発言」。村上春樹さんが2009年にエルサレム賞という文学賞を受賞されているんですが、イスラエルってご存知の通り中東の中では嫌われ者ですから、賞をボイコットしている文学者も何人もいるんですよ。後で聞くと村上さんのところにも、ボイコットしたほうがいい、受賞はしても式には行かないほうがいいという声がたくさん届いたそうなんですけど、村上さんはイスラエルに趣いてスピーチをします。そのスピーチの内容が「壁と卵」というもので、イスラエルとパレスチナの関係のメタファーになっていたんです。「高くて固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、自分は迷わず卵の側につく」というようなことを言って、遠まわしではあるんですが、イスラエルの大統領や中枢の人たちがいる前でイスラエルを批判したんですね。それは凄く勇気のいることだったと思います。これなどは「いい意味での問題発言」だと思います。
「内容的に問題発言」、「マスコミが仕立て上げる問題発言」、「いい意味での問題発言」、大体この三つに分かれるのかなと思いますね。
では、今村さんが選ぶ「問題発言ベストスリー」を教えてください。
三つというとパッとは思い浮かばないけど、面白いのはありますね。国会の議員食堂で女性議員に「国会なんかどうでもいいから俺とどこか行こう」なんて口説いて辞めさせられた大蔵大臣、今で言ったら財務大臣がいます。その日は長い会議があって途中で水が入って、参議院の食堂でお酒をたくさん飲んだらしいんです。しかもただ口説いただけじゃなくてキスを迫ったり、「法案なんてどうだっていい」なんてことを言ってしまったという。
だけどその大臣、辞めさせられはしたんですけど、「大トラ議員」なんてあだ名がついてかえって人気が出ちゃって、その次の選挙かなんかで上位当選するんですよ。だけど口説かれた女性議員は落選しちゃいます。男のほうが迫ったのに女の人がかわいそうですよね。
これなんかはもう「問題行動ぐるみ」ですよね。言動どちらもダメ、というやつですけど、それを国会の中で、しかも大蔵大臣がやらかしたってところがおもしろいじゃないですか(笑)。
あとは女優の藤谷美和子さんのなんか割りと好きです。タクシーで皇居の門のところまで乗り付けて、アポもなしに皇宮警察に向かって「紀宮様は私の妹です、そこを通しなさい」とか言って進入しようとしたっていう。1時間くらいタクシーの中に篭城して、最終的には諭されて帰ったんですけど(笑)。
それではプライベートについてお聞かせ下さい。尊敬なさっている方、影響を受けた方はいらっしゃいますか?
尊敬っていうのかはわからないんですけど、音楽家のニール・ヤングっていう人が高校時代から凄く好きなんですよね。1966年くらいにデビューした人なんで、60代後半なんですけど、それでもずーっと現役で、もう50年近く活動し続けています。
彼の何に影響を受けたかっていうのを理路整然とお話しするのは難しいんですが、やっていることに一貫性があるというのが一つと、そうでいながら変わることを恐れないところですかね。これって一見、相反することですよね。でも彼はそれを両立させているんです。
たとえば、人間って普通は得意なところで勝負していくと思うんですけど、彼は自分の得意なところに安住しないんですよ。思いついたらなんでもやっちゃう。だからある時はロックンロールのアルバムを出したり、ある時はテクノのアルバムを作ってみたり。はっきりいってそのテクノアルバムがテクノミュージックとしてかっこいいかといわれると、そんなにかっこよくないんですよ(笑)。でも彼は、ほかの人と比べて上手いとか下手とかそういうことよりも、自分がやりたいと思ったことをやるんです。そこがもう一貫しているし、変わることも恐れていない。こういうところがいいですよね。
彼の言葉の中に「錆びるより燃えつきたい」っていう割と有名なものがあるんですが、ぐっと来ますよねそういうフレーズは。こんな言葉のように生きられたらいいなっていうふうに思っています。自分の板についているのかわからないので恥ずかしいんですけど(笑)。
直接かかわりがある方で影響を受けたのは大学時代の映像ジャーナリズム・ゼミの恩師 岡本博先生ですね。
「歌える者は歌え 踊れる者は踊れ 書ける者は書け」
つまり、やれること、やりたいことがあれば、なんでもいいからやってみなさいと簡単な言葉で教えてくれた人です。
卒業後もインドを一緒に旅行したり、先生の著書『思想の体温』に寄稿したり、先生が88歳で亡くなるまでお付き合いは続きました。
また先生はかつて毎日新聞の映画記者をされており、ブルーリボン賞の名づけ親でもあったのですが、実は先生の晩年には、僕が先生の代わりに「キネマ旬報」年間ベスト10を決めたりもしていました(笑)。
では、今村さんが普段の生活の中で大切にしていることを教えてください。
会える時に人に会っておこうと思っています。人間、いつどうなるかわからないということを、3.11の東日本大震災に遭遇して皮膚感覚で感じたのが大きかったですね。3.11で身内や友人が亡くなったということはなかったんですけど、あの揺れは相当怖くって。僕は23階にいたんですけど、棚は倒れるし、隣の部屋のものはガーッと出てくるし、揺れはぜんぜん収まらないし。それまで、人間いつどうなるかわからない、とは頭ではわかっていたんですけど、身をもって感じたことはありませんでした。それが、あの揺れによって思い知らされて、だから会える時に人に会っておこうと。
そんな今村さんがメルマガを出そうと思ったきっかけを教えてください。
本を書くにあたって問題発言をリストアップしたんですが、実は半分も載せられなかったんです。でもその中には、おもしろいもの、ぜひ知っていただきたいものがいくつもあるので、メルマガでご紹介しようと思いました。
あとはメルマガのほうはいわゆる出版物よりも自由裁量が大きいって言いますか、まあその分自己責任という部分もあるんでしょうけど(笑)、突っ込んだことを書けるところもあると思うので、やらせていただこうかなというのもありますね。
僕はネットは万能だなんてちっとも思ってないですけど、やっぱりまだまだこれからっていう部分もひっくるめて、とりあえず最新のメディアじゃないですか。そういうところで一つ連載を持てるというのはいいかなとも思っています。
今村さんのメルマガ、どのように読んでほしいと思っていますか?
この間、消費者庁の人間が「福島の野菜を買いたい人はたくさんいるのに、売っているお店がない。だから法律を作って売れるようにする」みたいなことをインタビューで話していたんです。これは問題発言にはならないのか。売りたい人間はいっぱいいると思うんですけど、買いたい人間がそんなにたくさんいるなんて僕は聞いたことがない。
たとえば、食品や水に含まれる放射性物質の暫定基準値だって、日本の基準はゆるゆるで、ヨーロッパの100分の1の数値なわけですよ。つまりヨーロッパの水よりも100倍放射線が濃い水を僕らは飲まされているわけですよね。赤ん坊だって飲んでいるわけでしょ。でも、そんなことを知らない人もけっこう多いじゃないですか。僕としてはやっぱり、そういう情報を知ってほしい。そういう情報を共有したいんです。共有していかないと結局みんな孤立したままになってしまうと思うんですよ。
だから原発のことに関して言えば、大臣や役人に「なんだこの野郎」っていう感情的な部分もあるんですが、そうは言ってもぼやき漫才をやってるつもりはないので(笑)、無益ではない情報を出していきます。そういう情報を共有してもらいたいなと思っています。
今村守之さんプロフィール
大阪市生まれ。日本大学藝術学部卒業。主に新聞、雑誌で、思想家からアーティスト、職人、アイドルまで2500人をインタビューしたほか、コラム、ルポルタージュ、レヴューを多数連載・寄稿。著書に『問題発言』(新潮新書)、編書に『バカボンのパパよりバカなパパ』(徳間書店)、『男一代菩薩道』(アスペクト)など。